びぶりおふぃりあ  ブックレビューとオススメの海外ドラマ・映画のあらすじと感想。顔面血管腫(赤アザ)カバーメイク体験談

ゴーゴリ

ここでは、「ゴーゴリ」 に関する記事を紹介しています。
はてなアンテナに追加   

タグ:ゴーゴリ の記事一覧

| |


オススメ度:☆☆☆☆☆
オススメ対象:愚かな人間の可愛さを知る人に
オススメポイント:「我々は皆ゴーゴリの”外套”から生まれた」とドストエフスキーは言った。
外套・鼻外套・鼻
ゴーゴリ 平井 肇

岩波書店 1965-01
売り上げランキング : 8,307
おすすめ平均

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


芥川龍之介の「鼻」と同様、ゴーゴリの「鼻」も滑稽な話だ。
目や唇が恋情の詩に歌われるのと比すと、鼻は顔の部位の中でも独特の記号なのだと思う。額は賢さを、眉は良識を、頬は心を映し、顎はけなげ、耳は慎重さを表している。そして鼻が象徴するのは、プライド・見得・自意識。
それを失ったとき人間はどんなにおかしげなものか。
鼻を、ではない。プライドや見得を支えてくれるものを、だ。
八等官コワリョーフの鼻が彼の顔から取れて独立した人格となる。その様たるやまるで立派な紳士、しかも様子からしてコワリョーフよりも上官の五等官に化けている。
立派な容姿で持参金の多い娘の心を捉えてやろう、またいっぱい遊びもしてやろうともくろんでいたコワリョーフにとって、鼻を失うということは致命的だった。
彼は動転し、街中でやっと鼻を見つける。
自分の鼻に戻ってきてくれるようせがむが、鼻のほうでは「はぁ?」という様子で相手にもしない。「だいたい服装から察するに私達所属部署が違うじゃないですか」と鼻を失ったコワリョーフの窮状に”場違い”とばかりの痛烈な常識でぴしゃり!去ってしまう。
コワリョーフは知り合いの未亡人が自分に復讐するために鼻を取ったと言いがかりをつけたり、新聞社に鼻の行方を尋ねる広告を出そうと躍起になったり。
もうこの男、完全に我を失っている。
さて彼の見当外れな活動は全く実を結ばない。
ところが鼻は思いもかけぬ方面から戻ってきて、また思いもかけぬ拍子抜けで顔に付くのだ。これが愉快なところ。
やれやれ彼はめでたく、ちょっといい気な独身男に逆戻り。

無駄な説明をざっくり省いたゴーゴリのセンスはロシアの伝統的な小話アネクドートに通じている。アネクドートで笑えたためしがないんだけど、ゴーゴリはとんでもなく楽しく、その大胆な省略は想像の余地に満ちている。
床屋のパンの中から出てきた鼻は煮えていないのか?下手人を言い切らないのはなぜなんだ?警官は眼鏡のおかげで見破った?なんで紳士が自分の鼻だと気付いたの?
「見てないと思って、小説なのをいいことに!」と読んで心はしゃぐのだ。
自分の鼻が自分より立派である、話しかけるのに身構えするほど立派である、というのは人間のプライドに対する鋭く深い揶揄。しかし非難や皮肉よりも耳に聞こえるのはどっと沸き起こる笑いだ。
ゴーゴリには貧しき人々、不運な人々への優しさがあると言う。彼の後トルストイやドストエフスキーに続いている腐敗した官僚制度・コネなども描かれている。
しかし私がもっとも強く感じるのは、貧しき者、無力な者たちの最良の友はいつの世も、ユーモアなのだ、ということだ。


☆面白い、と思ったらここをクリック!☆

ブログランキング


タグ:ゴーゴリ の記事一覧

| |