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マキューアン

ここでは、「マキューアン」 に関する記事を紹介しています。
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オススメ度:☆☆★★★
突っ込みポイント:美味しい部分は皿の上より三角コーナーに入っちゃってる。

アムステルダムアムステルダム
イアン・マキューアン

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作家との出会いは人との出会いと同じだ。
「ん?」と、初対面で気になって、次会う約束を取り付けることもある。
共通の友達が意外なところでいたりして、急展開したり。
もしくは、全然気にならない相手なのに畳み掛けるような偶然によって一週間後もばったり会ってなんとなくその偶然に表敬する格好で親しくなってしまったり。

一期一会から脱するか否かは不思議。人も、作家も。
売れた作品・評判の良い作品にはその人の個性だけでは成立しない、鬼の裁量と呼ぶべきものが宿ってる。個性は一方向のものすごいベクトルで、それだけでは、読む側も好き嫌いだけの世界になってしまう。
だからこそ、惚れこんだ作家の作品は一般受けしないもののほうが気に入ったりするんだろう。
さておき、鬼の裁量による作品を一冊目として読んでしまうと、その作家の味というものが本当にはわかっていないことが多い。
マキューアンの二冊目として「アムステルダム」を読み、「ははー、そっちかぁ!」と思った。確かに「アムステルダム」の持っている要素は「愛の続き」にちゃんとあるけれど、やはりこんなに色濃くはなく、他の要素と絶妙に絡まりあっていたのだ。
感想を端的に言えば、ちょっとこれは走ってる。
素材と形態のバランスが取れていない。松坂牛の霜降りでハンバーガーを作るのは下品だ。このようにシニカルなだけの結末を導くのであれば、あんな深遠な含みのある状況設定をしてはならない。奔放で魅力的な女の早逝、創作の使命の遂行と市民としての義務、表現の自由とプライバシー、プライドと友情、若年性痴呆と人間の尊厳。
これらの素材は使い捨てられ、置き去りにされ、ただの書割に成り果てる。
あの結末にふさわしいのはサキのような小粒でピリリとした短編だろう。

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オススメ度:☆☆☆☆★
オススメ対象:情熱的な人へ
オススメポイント:自分の愛に懐疑的になるよ。。
4102157220愛の続き
イアン マキューアン Ian McEwan 小山 太一

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ある日気球の事故現場に立会い、偶然知り合った男に、突然こう言われる。
「あなたはぼくを愛してる。ぼくを愛してるんだ、ぼくはその愛に応えるしかない」
見も知らない男。しかも、同性だ。
そしてその日から、ストーキングが始まる。

ストーカーという言葉とともに、情熱は不当に罰せられている。かといって連座から救う騎士はまだ知られていない。
イアン・マキューアンは現代における愛の疑わしさを実に良く描いている。ストーカーの恐ろしさだけではなく、それによって脅かされる恋人との信頼関係との対比が良い。ストーカーは愛の確信に満ちているにもかかわらず閉ざされた自己の世界に生きており、恋人同士は向き合いふれあいながらもお互いの愛を信じることができない。
愛だけではない、人生の夢も、配偶者の貞操も確信できず、ストーキングされているという訴えは恋人にも警察にも信じてもらえない。しまいにはレストランに居合わせた人々の供述すら一致せず、客観性の頼りなさが露呈される。
マキューアンはひとつひとつのエピソードに惑溺しない。語りの視点が主人公の一人称からときおりストーカーの手紙や恋人の目で語られることがあるが、煩雑なダイヤル合わせをせずするりと読めるのはそのためだろう。それは冷徹というよりも、一塊のパラグラフとして、演説としてではなく、物語全体を通してひとつのことを主張しようとしているように感じられる。
つまり、人々の大半は確信することができずに苦しみ、確信できている奴は現実から目を背けた精神病だ、という現代を蝕む深刻な病だ。

貶められた情熱を犯罪や精神病の汚名から救う白馬の騎士は、勇気だけだと私は思う。
相手の逃げ道に立ちふさがらないこと。自分の退路は絶つこと。わたしたちは明日には死んでしまうかもしれないということ。

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