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ヴィクトール・E・フランクル

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オススメ度:☆☆☆☆☆
夜と霧 新版
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おすすめ平均
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冒頭:

「心理学者、強制収容所を体験する。」



あらすじ・概要:
ナチスによる強制収容所から生還したユダヤ人心理学者フランクルのエッセイ。心理学者としての知識と収容所内での「医師」という立場を踏まえながらも、あくまでもフランクル個人の魂に照らした内省が感動を呼ぶ。新版は、フランクル自身による1977年の改訂版を底本とし、訳者も新しくなっている。訳はところどころこなれていない文章も見受けられるが、基本的に平明ですぐ読める。

感想:

床に座って本を読むわたしに、娘の小さなせなかのぬくもりが、寄りかかっている。
紙袋いっぱいに入った、いろんな素材の袋やちらしを引き出してはさわり、にぎってふりまわしている。
銀色の袋は鏡のように反射する。本の帯は意外と興奮する。ミッキーマウスの教材のちらしは、資料請求はがきのミシン目を、ちょっとづつ割いて、今はぷらぷらとたれ下がっている。
ときどき振り返って、だっこをせがむこともあるし、「ね?」と自分の遊びをみとめさせようとすることも、ある。
私が泣くので、振り返って本を取り上げようとする。中を見て文字だけなので、ちょっとあてがはずれたというように、案外素直に返してくれる。
「悲しくて泣いてるんじゃないから大丈夫。」
私は言って、また続きを読む。

昨今の風潮で、苦しみは「良くないこと」の烙印を押されている。
そして人生や仕事を効率的にこなすための本、いわゆる自己啓発本やビジネス書が書店を席巻している。
苦しみはもはや「様々なテクニックで素早く脱け出さなければならない暫定的な状況」に過ぎない。
しかし。ほんとうにそうなのだろうか。
ほんとうに、苦しみは「良くないこと」なのか?
世の中にこれだけうつ病が蔓延している理由は、不景気や豊かさや格差社会などの社会のありようの問題なのか?

私がずっと考えているのは、苦しみに意味を見出せない、意味がないと断罪されていることが、この現代社会の深い病なのではないかということだ。
なぜなら、苦しみにしか意味はないからだ。そう私は考えている。いつかそのことを、こころに伝わることばで、表現することができたら、私はきっと人間の環にリンクすることができるだろう。
最終的に、いつも、人は、心で動く。心はわれわれの中にあって確かさを求める不確かさの一群であり、常に意味を求めてじっとしていないからだ。そして苦しみにしか意味はない。意味とは、強い苦しみによって刻み込まれた思い込みに過ぎない。

「夜と霧」の原題は「心理学者、強制収容所を体験する」である。そのほうがずっといいタイトルだと思うが、おいておく。
優秀な心理学者であったフランクルは、ユダヤ人であったために妻子、両親ともどもアウシュビッツへ送られる。家族で生還したのは彼一人だ。収容所で家族と離れ離れになり、後にダッハウの強制収容所に移送され、そこで終戦、解放を迎える。
「夜と霧」では、ホロコーストの病的な残虐さについて細かな描写は省かれている。
強制収容所の日々の暮らしが被収容者たちにとってどのようなものだったか、特に彼らの精神にどのような変化をもたらし、また彼らの精神のあり方が彼らの生にどのような影響を及ぼしたのかを深い内省を交えておだやかに語っている。
極限状態で崩れていく人と持ちこたえられるひととの違い、心のよりどころを持ち続けられる人と堕落してしまう人との差。
現在の生活に目的が見出せず過去にすがって崩れていく人々、自分を放棄して糞尿にまみれ横たわり死んでいった仲間たち。
自由を奪われ尊厳を踏みにじられることが具体的にどういう現象を生み出すのかを淡々と述べたあと、それでもいかに人は人間たりえるのかについてこう述べる。

つまり人間はひとりひとり、このような状況にあってもなお、収容所に入れられた自分がどのような精神的存在になるかについて、なんらかの決断を下せるのだ。典型的な「被収容者」となるか、あるいは収容所にいてもなお人間として踏みとどまり、おのれの尊厳を守る人間になるかは、自分自身が決めることなのだ。


そして苦しみについてこう語っている。

およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味があるはずだ。苦しむこともまた生きることの一部なら、運命も死ぬことも生きることの一部なのだろう。苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在ははじめて完全なものになるのだ。



フランクルは、いつか自分が大きなホールで「強制収容所の心理学」というテーマで講演をする未来を思い描き、心理学者として現実を観察することでこの苦しみと戦っていく。
彼のアプローチは心理学にとどまらず、深い哲学の大海へと流れ込んでいく。
そして彼は、生きることに意味を問うのではなく、生きることが私達の人間性を問うているということを思い知るべきだ、という境地に達する。

ここにいう生きることとはけっして漠然としたなにかではなく、つねに具体的ななにかであって、したがって生きることがわたしたちに向けてくる要請も、とことん具体的である。
           (中略)
具体的な運命が人間を苦しめるなら、人はこの苦しみを責務と、たった一度だけ課される責務としなければならないだろう。人間は苦しみと向き合い、この苦しみに満ちた運命とともに全宇宙にたった一度、そしてふたつとないあり方で存在しているのだという意識にまで到達しなければならない。だれもその人から苦しみを取り除くことはできない。だれもその人の身代わりになって苦しみをとことん苦しむことはできない。この運命を引き当てたその人自身がこの苦しみを引き受けることに、ふたつとないなにかをなしとげるたった一度の可能性はあるのだ。



つまり、苦しみぬくことは、何がしかを達成することだ、というのが彼の哲学なのだ。

一番感動的なのは、「精神の自由」から「医師、魂を教導する」に至るまでのドラマだ。
じゃがいもを盗んだ被収容者をあぶりだすために、「だれがやったのか密告しなければ被収容者全員一日の絶食」を課すことになったある日。2500名の仲間は断食を選ぶが、もともと最低限の食事もないところへの断食で、夕方にはだんだん雰囲気が険悪になってくる。
模範的人物として尊敬されている班長は殺伐とした人々に語りかける。
彼はここ数日に病死したり自殺したりした仲間は、死因は様々だったが、彼らの死の本当の原因は自己放棄だと言い、それを今後未然に防ぐにはどうしたらいいのか心理学的見地から解説をしてくれ、とフランクルを指名する。
そしてフランクルは力を振り絞って立ち上がり、演説をすることになる。

何度繰り返し読んでも心に響く名著。人間とは何か、生きるとは何か、考えたことがある人なら必ず読んでほしい一冊。

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DATA:
10進分類:946
内容分類:強制収容所
メインテーマ:生きることの意味・人間性

著者名:ヴィクトール・E・フランクル
著者出身国:オーストリア
時代背景:現代

漢字の難しさ ☆★★
表現の難しさ ☆☆★
文体の読みにくさ ☆☆★
テーマの重さ ☆☆☆
テーマの難解さ ☆☆☆
テーマの普遍性 ☆☆☆
所要時間:(15分刻み)
1時間30分

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