びぶりおふぃりあ  ブックレビューとオススメの海外ドラマ・映画のあらすじと感想。顔面血管腫(赤アザ)カバーメイク体験談

怪談

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「私はさ、ほら、両足を折ってさ、病院行くとき車椅子乗って、主人が押してくれんのよ、私もね」
大井町線の踏切で、高齢の女性が話しかけてきた。見知らぬ顔だった。
私も、というのが、どうやら私が押しているベビーカーに乗っている娘への共感らしい、ということがぼんやりわかった。
彼女は杖をついてはいるものの、立っているところをみた限りそれほど切実に杖を必要としているようには見えなかった。茶色いスラックスをきりっとはいて、紫と黄色と緑の、パンジーを思わせるやわらかなブラウスを着こなし、染められた髪はゆるやかなウェーブのかかった肩までのミディアムショートだ。
「年取っちゃってね」
と彼女が言った。言葉も表情もしゃんとしており、おばあさんというよりはおばさんと呼ぶのがふさわしいように思った。おいくつですか、と尋ねると、小さく笑って
「八十四。」
そうですか、と言ってから、内心はそんな年には見えないなと思ったのだが、それをさりげなく伝えられないような気がして、私の祖母は九十六です、と言った。
「あらそう、お元気で?それは素晴らしい。」
ありがとうございます。
「うちはそこの、踏切渡ったすぐなんだけどね、玄関にさ、二段段差があってさ、だめだね、ほんのそれだけがね、ばたーんって、転んじゃう。私、もう30年糖尿やってんのよ、だから、そういうのもあるんだわね。」
と言っておばさんは少し黙った。まるでここにいない誰かに同意を求めているかのような沈黙だった。そしてかすかに頷くと、続けた。
「主人を呼んだけど、家ん中で聞こえない。通りがかりの女の人に助けてもらってさ」
気をつけてくださいね、と返事に加えて、ここで多少自分のことを話す必要があるように感じた。そして、私は図書館に行った帰りにいつもこの踏切で子どもに電車を見せてから帰るのです、と言った。
「ああ、そう。…次は急行だよ」
電車が行き過ぎた。溝の口行きの急行だった。娘は指を吸いながら電車を目で追った。
おばさんは娘をさして、
「やっぱり、電車は見ててわかるの?そう。電車が好きか。」
と話しかけた。
「昭和2年にこの電車が通ってさ、うちの土地を通ることになってね、土地が真っ二つに、駅のこっちっかわとあっちっかわになっちゃってさ。あんたんち、古いの?」
古いっててっきり築何年という話と思って、ええ、三十年くらいです、と答えた。すると、
「じゃあわかるかな、そこの角にさ、炭屋があった、私はそこの長女なんだよ」
すんでいるマンションは築30年のボロボロのビルだったが、引っ越してきたのは二年前だ。知らないです、と答えるとおばさんは首を少し傾け、また話し続けた。
「うちの父が九十三で亡くなって、」
まあ、長生きですね、と私は感嘆した。先ほど祖母のことを誉められた返礼がさっそくできた。
「そしたら百二十坪もらえたんだよ。私は妹も一人いるけど、子どもはひとりっきゃいないからさ、一人っ子はいいよね、私のうちの土地、全部もらえんだよ。あんた、もらうんだったら絶対建物じゃなくて土地がいい、地代が入って助かるんだよ」
土地も建物ももらうあてはなかった。が、それについては触れず、この辺でしたら価値があるでしょうね、と応じた。
「そうだね、悪くないよ」
おばさんはそう言って少し話しに関心を失ったように目を転じて線路を眺めた。大きな目をびっしりと取り囲むまぶたが白髪だった。
遮断機がまた降りた。
「すぐまた来たね。じゃあ、これが行ったら渡って帰るよ」
とおばさんは小さな声で言った。
遮断機の中ほどについている黒い箱にはめ込まれた矢印は上りも下りも灯りがともっていた。
「主人の実家はね、お寺なんですよ。あんた、人魂ってわかる?そう、それでね、人魂ってあるんだって。私も見たことはないけれど、昇って来るってチチは言ってましたよ。」
私はそれまで彼女の話をいい加減に聞いていたのだろうか。突然見知らぬ老人に話しかけられて、骨折の愚痴を話したいだけかと思って耳を貸したら、身の上話に引き入れられている。八十四年の長き歳月のうちよりどのくだりを話すつもりなのかもわからない、あてのない話だ。
チチというのが先ほど九十三で亡くなったと話題に上った実父ではなく義父のことであろうということは見当がついたが、人魂とは唐突であった。だから、何か聞き逃したのかという気になったのだ。
確かにこのあたりは蚊が多いというのが気になって、なぜ図書館を出てすぐに虫除けをつけておかなかったのだろうという雑念がちらついていた。今日は電車は一本しか見ないつもりだったし、必要を感じたらその場で付ければいいと思っていたのだ。要は面倒だったのだ。こんなに立ち止まっているとわかってたらつけておくんだった。今ここでバッグから虫除けを取り出してつけたりしたら嫌味だろう。
しかしそれでも、私は割と良くおばさんの話に耳を傾けていたような気がした。
彼女は話しがうまかった。率直でためらいや回り道というものがなかった。そのときには脈絡がないように思われても、すこしたつとざっくりと並べられた事実ひとつひとつの芯が通ってつながっていくのだった。
そうだ、私が聞き逃したのではない。おばさんが唐突に人魂のことを話し出したのだ。
「ですから私、そこのお寺のさ、あの向こうのね、お寺のお坊さんに聞いたんですよ、人魂っていうのはあるのかって。そしたら、ここは山じゃないからね、ほら、主人の実家はね、山なんですよ、あんた、埼玉の花園インターってわかる?そこから降りてくんだけどさ。でもね、そこのお寺のお坊さんは、人魂は来ないけど夢に出てくるって言ってましたよ。だから、そういうのはあんだよね。」
お寺でしたら、お盆でお忙しいでしょう、と私は言った。
「うん、だからさ、息子たちは行ったよ。でも私は行かないの。足折っちゃってるからさ、行かないで待ってるってさ」
電車は上りも下りも通過して、遮断機は再びあがっていたが、おばさんの話は続く気配だった。私は蚊のことを気にするのはやめ、娘のまるまるとした脚にさえ蚊がとまらなければよしとすることにした。私が刺されたところでかゆみ止めを塗ればすむことなのだ。
「最近、電車の音が気になるようになってきてさ。うるさいって気がしだしちゃって、この年になってね。この電車がうちの妹の土地走ってると思うとほんとに頭にくる。まあ、お金もらったからね、いいんだけどね。」
おばさんはまた突然、
「主人はね、五歳年下でね、」
と言った。
あ、うちも同じ年回りだな、と思った。
「七十九歳なの。」
ななじゅう、と言うのが嬉しげだった。まだななじゅうだいなんだぞ、と嬉しがっているようだった。
「寺の長男でね、」
あら、と私は言った。
「それを私が恋愛で取っちゃったもんだから」
彼女はうつむいて誇らしげに笑った。
うつむいた目の先に指を折って、
「継がなくていいよって、主人言ったのよ。四人男兄弟でね、長男、主人でしょ、次男、そして双子がその下にいるの。次男は税務署に勤めてたんだけどそれが55で亡くなってさ。子ども二人残してさ、ここの癌でね。」
とおばさんは下腹部を抑えた。膀胱かもしれないし、前立腺かもしれない。
「それが最近双子の片割れも事故で亡くなってね、でね、今うちの息子に継がないかって言ってきててさ。でも嫁さんがそんなとこ行くのいやだって。そりゃそうだよ。息子は学校の先生なんだよ。学校の先生の奥さんに来たのに、お寺さんになるなんてね。」
とおばさんは笑った。そして尋ねた。
「あんた子どもは一人?」
私が頷くと、
「私もそうだ」
と同意してから、こう続けた。
「ほんとは一人っ子ってわけじゃないんだけど。初めての子、死んでるからね、私。死んだんだよ。だからほんとはもうひとりいたんだ。男の子。生まれて一時間で死んじゃったんだよ。だからお墓でさ、息子の嫁さんに、ここにお兄ちゃんが眠ってますから、って話したんだ。長男、…いや、一時間で死んだから長男じゃないんだよ。そうなんだよ、死亡届になっちゃうからね、長男ということにはならない。骨だってさ、焼いたら灰になって何にもなくなっちゃうって義父がね、あんまり小さいからなくなっちゃうって、義父がねそっと抱えてってね、そのままお寺に埋めたんだよ。」

そこで、彼女の話は終わった。自転車に乗った顔見知りが母娘で通りかかって、彼女は「どうも」と会釈した。
「くだらない話してさ、ごめんね。」
いいえ、とんでもない、と言う私の言葉は耳に入らない様子で、
「だけどさ、本当の話だから」
そうきっぱりと言って、去っていった。
歩いたところをみてみると、脚を痛めて杖が必要な歩き振りだった。
またすぐに遮断機が降りてはと渡るまで待って、
「ではお気をつけて」
と大声をかけると、振り返って大きな笑顔を返した。

蚊には、両足首をかまれていた。右足はくるぶしの外側で左足は内側だった。

赤ん坊への共感は、車椅子とベビーカーの連想ではなかったのかもしれない。
その晩はベッドに入ってからも彼女のことが頭を離れなかった。
焼いて何も残らないのが切ないとそっと埋められた赤子の白い肌と柔らかく湿った土が、横たわる自分の体とガーゼのシーツに、時折、交差した。
何がどうとも言葉を見つけられない形のないでも激しいやるせなさのままに、泣いてしまおうか、と思いながら安らかな眠りに落ちた。

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