びぶりおふぃりあ  ブックレビューとオススメの海外ドラマ・映画のあらすじと感想。顔面血管腫(赤アザ)カバーメイク体験談

散歩

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オススメ度:☆☆★★★
オススメ対象:沿線をこよなく愛する人
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交通新聞社 2006-06
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この本作った人、完全に遊んでるよね。
ぱらぱらっとめくっただけで、かずかずの「あやかし」に目をくらまされてしまった。

さておき、まずは真面目に講評を。
大国魂神社の名物くやらみ祭、広大な敷地と自然を誇る野川公園などは良いけど、それ自体の実力で、記事は月並み。
飲食店などの店については、所詮郊外なので本に載せて遠くから人を呼べるようなレベルの店などないので(正確に言えば、その店が思ったような店じゃなかった場合(青山だってそんな店はざらにある)に代替になるような店がない(青山ならあるだろう)ということ)、画面からB級の熱気が湯気が迫ってくる。

《 遊びの部分 》
1.「ホテルの名前で有名です」
 野猿街道のPOP。小さく書かれてる。この「わかる人にわかればいいよ」、って姿勢。
 ホテル野猿は確かに地元外の人にも知った人がいる街道沿いのラブホテル。
 できたとき(小学生だった)にはちょっとしたセンセーションが巻き起こったのだ。
 ホテルサンロードには誰も食いつかなかったから、やっぱり「のざる」(街道名の読み方は”やえん”だけど子供だから知らなかった)って言葉の意味に皆やられてしまった。
2.「砂に埋もれる快感は女性だけの特権」
  砂塩風呂パシル・プティ。
  でも写真で砂風呂を体験してるのは、明らかに男性なんだけど。
・ひげ
・ごついあご
  顔タオルで隠したって・・ね。男一人で取材にいったんですね。

3.真最中!
  多摩動物園
  「動物を身近で見れます」
  といったまっとうなことが書いてあるのだが、
  写真ではライオンが交尾に励んでる。


《 京王線の歴史 》
についてが一番楽しかったな。
特に「京王電車沿線名所図絵」という鳥瞰図は見飽きない。

『三鷹天文台』
  昔からあるんだね。
  でも考えてみたら当然だね、都心部で夜空が観測できないから、暗がりの多くあった三鷹に天文台作ったんだね。
  あるのが当たり前すぎて考えもしなかったよ。
  今の住宅地として発展した三鷹が決して星見に最適な環境と言えないことも。
  育った土地は、匂いと時間で空間がねじれてる。

『帝都物語』
  京王線の正式名は「京王帝都電鉄」
  昔は京王と帝都は別々の鉄道会社だったんだって!
  それで、帝都線って、今の井の頭線なんだって!
  どうでもいいけどさ、当時、渋谷→明大前→吉祥寺って完璧郊外じゃん。”帝都”とはずいぶん大きく出たよな~。
  いやはや。

『たくさんあった駅』
  昔は新宿三丁目まで伸びてたんだって。
  他にも駅がいっぱいあったみたい。最初は路面電車だったそうな。
  先日閉館になった交通博物館にくっついていた万世橋駅遺構を見学したときに知ったけど、戦争のときにたくさんの駅が廃止になったんだって。市民の足としての役割から軍用の輸送手段としての役割が濃厚になったし、それに停車駅が少なければ燃料も節約できるしね。そして廃止になった駅の資源再利用できる設備という設備を徴用したのだ。万世橋駅は階段のヘリについていた鉄の滑り止めすら根こそぎ剥がし取られていた。

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オススメ度:☆☆☆☆☆
オススメポイント:地理は歴史。地理は政治。
オススメ対象:地図マニア・東京人
古地図・現代図で歩く明治大正東京散歩古地図・現代図で歩く明治大正東京散歩
梅田 厚

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東京芝大門近くに勤め出してからまもなく二年。
直接契約している会社とは違う作業場所に毎日通う、派遣社員に似た形態の働き方。今までも都心に勤めたことはあった。日本橋も、渋谷も。
でも一番私を変えた街、それは芝大門だ。
大切な人に出会った。
辛く苦しい思いをした。
だけど東京タワーがあった。
もし東京タワーがなかったら、もし東京タワーが昼の光の中でそうみえるようにただの冗談で、夜の闇の中に輝くことがなかったら、私はここにはもういなかったと思う。東京タワーには体温がある、生身ななまめかしさがある。そう思う。その姿、ことに冬の夜の真っ赤な熾きのような姿には幾万の火の粉がまといつく。増上寺の地蔵の手元に回るかざぐるまの音を左耳に見上げれば、中心で昇降するエレベータ、ああまるで、天にも上る心地。

東京タワーがもしなかったら、私は夜の街を歩こうと思わなかったし、そのたどる一筋一筋の歴史の変遷に心惹かれることもなかったに違いない。
夜、歩く。
たいてい、一人で歩く。あてもないのに、目的地を持つ人のようにがつがつと歩く。果たされることのない夢も、叶うことのない思いも、契られることのない命も、(見下ろして、見下ろして、)この二拍子でなんとかしてきた。なんとか、正気を保ってきた。
六本木を越えて青山一丁目、青山通りを左へ、渋谷。
三田を過ぎて擦れ切った15号京浜一号、品川。
そして大好きな日比谷通り、日比谷公園・帝国ホテル、皇居のお堀、パレスホテル、気象庁、水道橋。

地図は好き。不思議ね、その場所を地図で見るだけで、そこを歩いたとき想っていた人のことや隣にいた人の言葉が鮮明に甦る。電車でテレポートした点のでしかなかったひとつひとつの思い出が、歩くことで切っても切れない絆となる。また一歩絆を結んで、私はここで生きている。
この本を見ると、それらの場所で古くから起こったドラマを知ることができる。
たとえばお堀端パレスホテルのあるあたり、あそこはだいちゃんが「むこうにあるビルから湯気が出てる!」と言い出した(なんて下らないことを憶えているんだろう)場所でもあるけれど、甘粕事件(1923。大杉栄殺害 憲兵隊本部の井戸に投げ込まれる)の起こった場所でもある。後に満州の実力者の一人となった甘粕は若い男達に惚れられる大きな男だったらしい。謎めいた甘粕事件という過去、物堅かったという人柄、そしてけちなことを言わず壮大だったという夢、悪名高い満州の裏の実力者でありながら満州人に慕われ葬列は3000人に及んだという二面性。誰かと歩いていても、ふと心は甘粕に移り、話の行く末を見失ってしまう。
たとえば日本で最初に電灯(アーク灯)がついたという場所は虎ノ門、ではサントリーホールのあるアークヒルズのアークはそこからきているのだろうかと思えば、街灯が目に柔らかくにじむ。
たとえば東京タワーの隣にある増上寺は徳川将軍家の菩提寺で、つまり御成門は将軍家が御成りになる門だったのだろう。
そんな想像が、恋人が見合いをしたと、泣きながら靖国通りを走った女友達や、8月夜間も開放される芝プールから見上げた夜空と交じり合って、私の、ではなく街の記憶として蓄積されていく。
思いはままならず、幾多のかたこいが街に降り注ぐ。
情熱はきらきら・ひらひら・はらはら徒に飛び散り、燃やすに足る何かに触れる前に白い灰となり降り積む。
私はひたすら歩き続ける。鬼気迫る穴掘り人夫のように。何かを屠って、何かを掘って、何かを埋めて、何か探している。

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