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新潮社文学賞

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オススメ度:☆☆☆☆☆
オススメ対象:父へ。これから父となる人へ
オススメポイント:父が子を生むこともある
4101126100個人的な体験
大江 健三郎

新潮社 1981-02
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人はどの瞬間に「親」となるのか。
母親は身ごもったと知った瞬間から母となるとよく言われる。
父親はどうなのだろう。私の父いわく、二人目の子(私の弟)のときはもう子供が生まれるということも育てるということもわかっていたので妊娠を告げられた瞬間から自覚があったけれど、ひとり目の子(私)のときは生まれて二,三ヶ月経ってからふいに、「自分はこの子の父親なんだ」と感じた、という。
女という性が私の自我に及ぼしている力はあまりにも大きいため、自分が男だったら、と想像するのはとてもむずかしい。けれど、父親になる、というのはなんだか奇妙なことなんだろうな、というのは理解できる。
さて、障害のある子が生まれたら、という不安は親になる人々のたいていが味わうものだろう。
そしてときにそれは不安にとどまらず現実となる。
大江健三郎氏の子息光氏は脳に障害を持って生まれた。
この物語はその体験をベースに書かれている。
子供が生まれるというのに自覚のない若い父親、彼にもたらされた最初の知らせは息子に深刻な障害がある、とのことだった。
彼は女に逃げ、生まれたばかりの息子の死を望み、自由であり続けることを願う、しかしその苦しみの果てに、障害のある子供を息子として受け入れ、父親である自分を見出す。
卑怯な自分、男らしくない自分、父としてふさわしくない自分。そんな姿を赤裸々につづった、大江作品の中でも感動的な一作。
子供に障害があったがゆえに、大江氏は男でありながら生みの苦しみを味わい、息子を産んだのだ。

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