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明治大正

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オススメ度:☆☆☆☆☆
オススメポイント:地理は歴史。地理は政治。
オススメ対象:地図マニア・東京人
古地図・現代図で歩く明治大正東京散歩古地図・現代図で歩く明治大正東京散歩
梅田 厚

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東京芝大門近くに勤め出してからまもなく二年。
直接契約している会社とは違う作業場所に毎日通う、派遣社員に似た形態の働き方。今までも都心に勤めたことはあった。日本橋も、渋谷も。
でも一番私を変えた街、それは芝大門だ。
大切な人に出会った。
辛く苦しい思いをした。
だけど東京タワーがあった。
もし東京タワーがなかったら、もし東京タワーが昼の光の中でそうみえるようにただの冗談で、夜の闇の中に輝くことがなかったら、私はここにはもういなかったと思う。東京タワーには体温がある、生身ななまめかしさがある。そう思う。その姿、ことに冬の夜の真っ赤な熾きのような姿には幾万の火の粉がまといつく。増上寺の地蔵の手元に回るかざぐるまの音を左耳に見上げれば、中心で昇降するエレベータ、ああまるで、天にも上る心地。

東京タワーがもしなかったら、私は夜の街を歩こうと思わなかったし、そのたどる一筋一筋の歴史の変遷に心惹かれることもなかったに違いない。
夜、歩く。
たいてい、一人で歩く。あてもないのに、目的地を持つ人のようにがつがつと歩く。果たされることのない夢も、叶うことのない思いも、契られることのない命も、(見下ろして、見下ろして、)この二拍子でなんとかしてきた。なんとか、正気を保ってきた。
六本木を越えて青山一丁目、青山通りを左へ、渋谷。
三田を過ぎて擦れ切った15号京浜一号、品川。
そして大好きな日比谷通り、日比谷公園・帝国ホテル、皇居のお堀、パレスホテル、気象庁、水道橋。

地図は好き。不思議ね、その場所を地図で見るだけで、そこを歩いたとき想っていた人のことや隣にいた人の言葉が鮮明に甦る。電車でテレポートした点のでしかなかったひとつひとつの思い出が、歩くことで切っても切れない絆となる。また一歩絆を結んで、私はここで生きている。
この本を見ると、それらの場所で古くから起こったドラマを知ることができる。
たとえばお堀端パレスホテルのあるあたり、あそこはだいちゃんが「むこうにあるビルから湯気が出てる!」と言い出した(なんて下らないことを憶えているんだろう)場所でもあるけれど、甘粕事件(1923。大杉栄殺害 憲兵隊本部の井戸に投げ込まれる)の起こった場所でもある。後に満州の実力者の一人となった甘粕は若い男達に惚れられる大きな男だったらしい。謎めいた甘粕事件という過去、物堅かったという人柄、そしてけちなことを言わず壮大だったという夢、悪名高い満州の裏の実力者でありながら満州人に慕われ葬列は3000人に及んだという二面性。誰かと歩いていても、ふと心は甘粕に移り、話の行く末を見失ってしまう。
たとえば日本で最初に電灯(アーク灯)がついたという場所は虎ノ門、ではサントリーホールのあるアークヒルズのアークはそこからきているのだろうかと思えば、街灯が目に柔らかくにじむ。
たとえば東京タワーの隣にある増上寺は徳川将軍家の菩提寺で、つまり御成門は将軍家が御成りになる門だったのだろう。
そんな想像が、恋人が見合いをしたと、泣きながら靖国通りを走った女友達や、8月夜間も開放される芝プールから見上げた夜空と交じり合って、私の、ではなく街の記憶として蓄積されていく。
思いはままならず、幾多のかたこいが街に降り注ぐ。
情熱はきらきら・ひらひら・はらはら徒に飛び散り、燃やすに足る何かに触れる前に白い灰となり降り積む。
私はひたすら歩き続ける。鬼気迫る穴掘り人夫のように。何かを屠って、何かを掘って、何かを埋めて、何か探している。

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