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びぶりおふぃりあ  ブックレビューとオススメの海外ドラマ・映画のあらすじと感想。顔面血管腫(赤アザ)カバーメイク体験談

村上春樹

ここでは、「村上春樹」 に関する記事を紹介しています。
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オススメ度:☆☆☆☆☆
オススメポイント:家族の食卓
キッチン (新潮文庫)
キッチン (新潮文庫)吉本 ばなな

おすすめ平均
stars「死」を受け入れるということ
stars大人の心の予行練習
starsうはっ。
stars死ぬまで好きなんだと思う
stars日常と、非日常

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冒頭:

私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。



収録作品:
キッチン
満月―キッチン2
ムーンライト・シャドウ

あらすじ:
親しい人を亡くした若い人が、悲しみから立ち直るというテーマの作品三篇

感想:
「さっきの話ですけど、言わないでもらえますか、他の人に。誰にも言ったこと、ないんで」
嬉しかった。秘密にしてねと言われることも、誰にも言ったことないことを言ってもらうことも、久しぶりだったから。そして少し、嬉しいと思ったことで後ろめたくなった。彼女の話は、深刻だったのだ。
彼女はぎょっとするくらい食の細い女の子だった。とても若いのに夏でも肌を何重にも重ね着して覆って、唯一出ている手首と足首は硬く締まっていた。
人と食事ができない、と彼女は言った。
すっごく仲がいい人ともいっしょに食べられないんです。気持ちが悪いんです。喉を通らなくなっちゃうんです。何年か前から。病院にも行ってるんです。
こうしたら?とか、こんな話をきいたことが、とか、ああ私の友達も、とか。そんな余地はなかった。
「うん、良くなるといいね」
とだけ、答えた。

よしもとばなな、結構好きである。
今となっては私の中ではすっかり「サブカルチャー」枠に入ってしまったけど、『キッチン』や『TUGUMI』は今でも好きだ。
愛する人を失う、というテーマをよしもとばななはデビュー以来幾度も繰り返して書いている。そして喪失から再生に向けてのアプローチとして後にオカルトを全面に打ち出すようになりサブカルの果てに旅立つのだが、最初は「食」がその役割を果たしていた。
食べること、料理すること、の素晴らしさだけでなく、よしもとばななが最も重きを置いていたのは「ふたりでいっしょに食べる」という行為だった。

同時期の作品ということで村上春樹「ノルウェイの森」で言うと、再生へのアプローチはセックスだった。
よしもとばななが軽んじられたのは文章云々ではなく「食」が身近で手に入りやすすぎるためだったし、村上春樹の救済がいつも不完全なのはセックスが不妊だからだ。これがこのニ人の作家の本質である。
どちらも二人でする欲望を満たし心地よい行為であり、それを堕落ではなく健全として描くところに共通点があった。
『ノルウェイの森』と『キッチン』はバブルを母とした一卵性双生児のようなものだ。
村上春樹とよしもとばななは似ていないが、この2作を呑み込み爆発的にヒットさせたのは同じ「時代」だった。

「異様においしい。」
私は言った。その小さく新しい、木の匂いのする店でカウンターにすわって食べたかきあげ丼は、食欲を思い出すくらいにおいしかった。
「なー?」
柊が言った。
「うん。おいしい。生きててよかったと思うくらいおいしい。」
私は言った。あんまりほめたので、店の人がカウンターの向こうで恥ずかしそうにするくらい、おいしかった。
「そうだろ!さつきは絶対そう言うと思ったんだ。君の食べ物の趣味は正しい。喜んでくれて本当にうれしい。」
                 (ムーンライト・シャドウ)


明るい部屋、あたたかいストーブの熱気の中で、床にすわって2人は淡々とそれらのものを食べた。私はとても、とてもおなかがすいていたことに気づいて、とてもおいしく食べた。この子の前では私はいつもおいしく物を食べている気がした。
                 (ムーンライト・シャドウ)


雄一は冷蔵庫からグレープフルーツを出して、楽しそうにジューサーを箱から出した。
私は、夜中の台所、すごい音でつくられる2人分のジュースの音を聴きながらラーメンをゆでていた。
                 (キッチン)


「どうして君とものを食うと、こんなにおいしいのかな。」
私は笑って、
「食欲と性欲が同時に満たされるからじゃない?」
と言った。
「ちがう、ちがう、ちがう。」
大笑いしながら雄一が言った。
「きっと、家族だからだよ。」
                 (満月―キッチン2)



一番顕著なのは、『満月―キッチン2』で、雄一との絆が切れてしまう予感を感じながらなすすべなく諦めかけたみかげが旅先でカツ丼を食べ、その旨さに感激し、やはり旅に出ていた雄一にそれを届けるべく一人前をおみやにしてもらい、タクシーで遠い町まで夜中に駆けつけるところだ。私はここが一番好き。カツ丼を食べるたびに思い出す。
『ノルウェイの森』について一番良く聞いた「理解できない」という感想は、「なぜあそこであの人とセックスするのかわけがわからない」というものだった。
『キッチン』は、文章が作文並に下手すぎるという苦情は多くあったが、「なぜ食べるのか」というところに疑問を呈する人はいなかった。「なんでカツ丼なんかと!」と言う人などいなかった。食べるとはあたりまえで誰もがする行為であり、それによって元気になるのは自然の摂理なのだ。それでも新しかった。そして、おいしそうだった。登場人物たちは酔っ払い始めみたいにうかれておいしがっていた。文章、下手なのに。ものすごく、おいしそうだった。

いつか重ね着の友達の病気が治ったら、ほんとに治って、いっしょに何度もごはんを食べて、もうだいじょうぶって確認したら、よしもとばななの『キッチン』の話をしたいものだ。

DATA:
10進分類:913.6
#純文学・エンターテイメント・名作
#恋愛・ヒューマンドラマ・青春小説・社会派・
内容分類:
メインテーマ:親しい人の死からの立ち直り
メインテーマ:「食」の大切さ

著者名:よしもとばなな
著者出身国:日本
時代背景:現代(バブル期)

漢字の難しさ ☆★★
表現の難しさ ☆★★
文体の読みにくさ ☆★★
テーマの重さ ☆☆★
テーマの難解さ ☆★★
テーマの普遍性 ☆☆☆
所要時間:45分

受賞:泉鏡花賞・「海燕」新人文学賞

キッチン (新潮文庫)
キッチン (新潮文庫)吉本 ばなな

おすすめ平均
stars「死」を受け入れるということ
stars大人の心の予行練習
starsうはっ。
stars死ぬまで好きなんだと思う
stars日常と、非日常

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オススメ度:☆☆☆☆☆
オススメポイント:「おしゃれ」だの「洗練」だの、むしろ対極だろ?

風の歌を聴け (講談社文庫)
風の歌を聴け (講談社文庫)村上 春樹

おすすめ平均
stars最初の一冊にオススメな理由
stars2008年時点での僕の理解。
stars「風の歌を聴け」を主題とせるヴァリエイション
stars深夜の静まりきったキッチンのテーブルの上で
stars空の宝石箱

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冒頭:


「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」
僕が大学生のころ偶然に知り合ったある作家は僕に向ってそう言った。僕がその本当の意味を理解できたのはずっと後のことだったが、少なくともそれをある種の慰めとしてとることも可能であった。完璧な文章なんて存在しない、と。



あらすじ:
地方都市に帰省した大学生「僕」のひと夏の出来事の中で、「僕」の心にあって消え去ることのない生きることの悲しみを描いた作品

感想:
人生に意味はあるのか、ないとしたら、生きるとはどういうことなのか。
人生に意味はないけれど、生きることに意味はある。そう書いてあるわけじゃないし、私にもうまくいえないけれど、村上春樹の小説を読むと、そう感じる。
80年代に「ノルウェイの森」で一世を風靡し、流行作家として名を馳せた彼の作品は、「おしゃれな会話と洗練された文体で現代の若者の気分を描いた」なんていう風に当時言われた。
平明な文章で語られるスタイルのある生き方、洋服、食べ物、本、振舞い方、話す言葉へのこだわり。
それらは本当に「おしゃれ」だの「洗練」だのを目指し、表現しているのか?村上春樹自身の意図はともかくとして、作品自ずから。
華々しい成果は約束されていないけれどできることをこつこつやる。そのこつこつとした生活自体の実を是とする生き方。ここに本当に描かれているのはそういう価値観であり、おしゃれとか洗練とか、そういうことのむしろ対極にあるんじゃないか、とずっと思っている。
『風の歌を聴け』は処女作にして最も実験的な作品である。「僕」による現在の語りをベースとしながらスクラップブックのようにガールフレンド達の追憶・ラジオ放送・架空の作家「デレク・ハートフィールド」のバイオグラフィや作品などを比較的短いパラグラフで交え、ドライに仕上げている。
ここには後に繰り返し描かれることになるモチーフが既にあり、そして完成されている。中でも井戸は『ねじまき鳥クロニクル』を始めとして数え切れない作品に登場するし、自殺するガールフレンドはもちろん「蛍」や「ノルウェイの森」でおなじみだ。目を引くのは、彼女の死の余談として、その半月後に読んでいたというミシュレの「魔女」を引用しているところだ。
「ローレンヌ地方のすぐれた裁判官レミーは八百の魔女を焼いたが、この『恐怖政治』について勝誇っている。彼は言う、『私の正義はあまりにあまねきため、先日捕らえられた十六名はひとが手を下すのを待たず、まず自らくびれてしまったほどである。』(篠田浩一郎・訳)

私の正義はあまりにあまねきため、というところがなんともいえず良い。」
この短い文節(21)が面白い効果をもたらしている。
すなわち、最後の一文のとおりにレミーの言葉はあまりに独特の面白味をもっているためそちらに重心が言ってしまうのだが、大学構内の林で縊死したガールフレンドの話と魔女の話を関連させるには残酷で不謹慎であり、それも「なんともいえず良い」なんて感想は問題外でドライというより冷たく、けれどもナンセンスな魔女裁判の犠牲者というメタファーがそこで生まれるため、彼女の死が悼まれてもいるのだ。
唯一のどかさを感じたのは鼠との出会いの思い出で、「何でもできるような気がした」という全能感が描かれていること。これは村上春樹の後の作品に二度と出てこない。できるような気がした、といって、別に何ということもしていないのだけれども。
風の歌、と聴くと移ろいやすい美しさや心地よさを思い浮かべ、風鈴や竹林を渡る風を連想するが、読んでみればデレク・ハートフィールドの『火星の井戸』を吹き渡る風は狂おしくおぞましく、ムンクの「不安」やグリークの「二つの悲しい旋律」の「過ぎし春」を思い出す。

DATA:
10進分類:913.6
内容分類:純文学
メインテーマ:青春

時代背景:1970年夏

漢字の難しさ ☆☆★
表現の難しさ ☆★★
文体の読みにくさ ☆★★
テーマの重さ ☆☆★
テーマの難解さ ☆☆☆
所要時間:1時間30分

受賞:群像新人賞

オススメ度:☆☆☆☆★
オススメポイント:あんたかっこいいよ


ロング・グッドバイ
ロング・グッドバイレイモンド・チャンドラー 村上 春樹

おすすめ平均
starsハルキ“マーロウ”はイカす・・・
starsうまいのは、翻訳か、原作か
starsギムレット
stars最初から最後まで
stars数十年の思い込み

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ハードボイルドとはかたゆで卵から転じ、冷徹・非情さを表す。
文学上、ヘミングウェイなどの感情を排除した文体による表現手法のこと。
またその応用とされるハメットやチャンドラーによって確立されたミステリーの1ジャンルもこのように呼ばれ、非情な探偵を主人公とする。
・・・念のため、辞書を引いてみた。

しかし、「長いお別れ」主人公のフィリップ・マーロウを非情という人はいないだろう。
ロマンティックなフィリップ・マーロウ。権力を嫌い孤独を愛す。誰かに痛めつけられてもめげない。金には興味がない。政財界の大物の圧力にも卑屈にならない。絶世の美女にせまられても虜にはならない。タフな男。
彼は出だしから最後まで、かっこよさを失わない。
これはある友情の物語である。孤独を愛する男が唯一友達と認めた男の名誉のために危険を冒して戦うのだ。
面白くはあるけれど、これはミステリーなのか?と思いながら読み進み、終盤になってやっとこれは本当にミステリーだったということを思い知らされる。事件は解決したはず、と思ってからさらにおどろきの真実が待っている。序盤マーロウが「ふたりの人間の命を救えるはずだった」、と述懐した数勘定が、最終的にストンと割り切れて収まってしまう。そんな展開が快い。
男同士の友情、そして美しい別れ。ヒロインの魅力が登場ごとに別の顔を見せるのも素晴らしい。
「ギムレットを飲むには少し早すぎるね」
この瞬間に痺れた。
ここで誰もが痺れるのだ、そう解るのに、それでも痺れずにはいられない。名作とはそういうものだ。
ハードボイルドの最後は事件解決による美しき平和でしめくくられはしない。戦いの続行が語られるだけだ。その孤独という生活スタイルそのものが彼の戦いである。彼が戦っているのは悪ではなく、群れることで必ず失われる正義なのだ。

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オススメ度:☆★★★★
アフターダーク
アフターダーク村上 春樹

おすすめ平均
stars小説を読む、ということ。
starsつながりそうでつながらない
stars村上春樹作品は気楽に読めないので困る
stars二律背反の村上ワールド
stars静かなタフネス

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残念ながら私たちは現代を生きている。私たちが生きるということが、現代である。だからこの問題を避けることはできない。時間の果てまで逃げても。
めまぐるしく変わる世相・価値観。その中で自己を拠点に何かを発信し続けることは難しい。特に、言葉を手段とする場合には。
もう既に言い古された感さえあるが、なぜ、という部分については納得の行く分析を聞いたことはない。
「アフターダーク」を読み、ふと、そのことを考えた。
村上春樹は現代の日本を代表する作家である。いわゆる団塊の世代であり、彼らの経験した世相は貧しい戦後復興、高度経済成長、大学闘争、米ソ冷戦、バブル経済、ベルリンの壁崩壊、平成不況、911、と劇的にめまぐるしい。ある価値観が生まれ、育ち、腐敗し、取って代わられる、それが幾度も幾度も繰り返された。比重はもちろん大学闘争に多くを置かれる。彼らの多くがそのときの「思想の転び」を過ちの分岐点と捉えており、この失敗を挫折として抱え続けている。
同じく団塊の世代である私の父が、酔ったときに言った。
「いやぁあの頃は、こんなになると思ってなかった、あの頃は、世の中は良くなるもんだとばっかり思って信じてた。」
驚いた声で。まるで天女が隠された羽衣の端に触れた拍子に自分の出自を思い出したように。
村上春樹は著作を読む限りでは天真爛漫に「世の中良くなる」と思っていたタイプでもないようだ。彼はセンスの良い、けれどちょっぴり偏屈、という主人公を多く自身の分身として描いてきた。彼の描く主人公はいつも時代の中でちょっと斜に構えて、けれどとても礼儀正しくお行儀よくささやかに生きている。それでも、世代の力とは強いのだろう。その時代の空気に含まれていた期待と興奮を吸わずに生きることはできない。まして、若ければ。
村上春樹の作品にもそういった空気が常に存在しているし、それどころでなく、彼の背骨にはその時代の髄液が流れている。
だからこそ彼はバブル経済期の世の中を「ちょっとおかしいんじゃないか」という姿勢で描き続け、それも闘争という形ではなく「一歩退いたところで抱く激しい悲しみ」としてあらわしたためにバブル時代の心をわしづかみにし、ミリオンセラーを生んだのだ。
バブルが弾けた後、村上春樹は創作活動においてめぼしい作品を残していない。どれも駄作であるし、何がしたいのかすらわからないものも数多い。ただ独特のちょっとした言い回しが醸し出す優しい雰囲気が、昔の人気を偲ばせるだけだ。
彼が「おかしい」と批判できるのはバブル経済どまりなのだ。思想という精神の世界を具現化しようとして果たせなかったのだから、物質主義にアンチを唱えるのはおての物だ。ところが彼らの敵である物質主義が自滅したあとはどうだろう、そこに深い精神世界が見出されただろうか。まさか。皆疲れ果て、道を見失っただけだ。
「おかしいぜ!」といえるのは若さなのだ。若さが与える根拠のない自信、この世の中を自分の力で変えていけるという勘違い。
どこかで、ちょっとそれを信じてる、いくら斜に構えてたって風変わりだって、若さは万人に与えられている。
「アフターダーク」に描かれている暴力は「ねじまき鳥」に描かれているそれとかなり似た描き方をされているが、実体は確実に変容してきている。それは名前のない、得体の知れない暴力であり、無差別で平凡で、理由が欠落し、必然性だけが存在している。
それは今の世の中を覆っている”不安”が恐れているものを示している。
しかし非常に印象が薄く、心に残らない。それは、村上春樹が「でもやっぱもうちょっと頑張ればなんとかなるだろ!もう、ちょっとだ!」とは思っていないからだ。若い主人公たちは物語中どんな戦いにも参加していない。これは若者に対する距離の表れだ。そして、にもかかわらずどことなく「救いがある」感じ。これは自分の手を離れた若さに対する期待の表れだろう。
読む心に残らなければ、表現はされなかったのと同じことだ。

表面上、時代はめまぐるしく移っている。しかしもっと深い水脈はぐっと緩やかに流れているはずなのだ。その時代性の中で、人の一生にふさわしい移り変わりの中で、表現するにふさわしいテーマがあるはずだ。年を取ったら食物や酒や着る服を変えるように。

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関連タグ : 村上春樹,

オススメ度:☆☆☆☆★
オススメ対象:危険なカーブを曲がったひとへ
オススメポイント:凡庸さは安心ではない。残酷な話だ。
4062749068回転木馬のデッド・ヒート
村上 春樹

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「去年、仲良くなりはじめたころ、私、どんな風に見えた?」
鍋の湯気越しに、たずねてみる。
「どんなふうって?」
と連れは訊きかえす。
最初に頼んだサラダがことのほか腹にたまり、そのほかあれこれ頼んだもののあとだった。鍋を雑炊で仕舞うことはできそうにないな、と思った。
店は第一波で来店した客がちらりと帰り始め、新しい客がまた入っている、いつもどこかでグラスのぶつかる音が人の声に包まれてやわらかく響いている、そんな時間帯だった。
「あの頃私、ちょっとした人生のスランプに陥ってたの。」
「スランプ?」
意外なことを言われると彼は一瞬息を止める。そして心に言葉が落ち着くまで独り言めいて喋るのだった。
「どんな?え?どういう?・・いや、いずれにせよそんなふうには全然見えなかったよ。」
彼は思い起こすようにして言う。箸がとまり、宙をぎゅっと見詰める。彼の心に甦った私の像。それを見ることはどうやってもできないけれど、いつか”○○さんは前はもっと・・・もっと男っぽかったよ”と非難された、男っぽかった私なのかもしれない。
でも、と私はあん肝をすりつぶしたスープで見えない鍋の底を探りながらふいに、俄然、たのしくなってしまうのだ。今の私でいいのだ。そう知っている。
「ね。そんなふうに、みえなかったよね。」
私はすっかり嬉しくなって笑ってしまう。胸の底から転がるように笑いが沸き起こる。

それはちょっとした人生の危機だった。
32歳。手に職があって、収入も悪くない。土曜日にはカナダ人の家庭教師に英語を習う。毎晩電子ピアノで学生時代のレパートリーを練習する。時々小説を書く。ピアノも小説も、夫は意外にも的確な批評をして驚かせる。料理だけは偏食が強すぎて、批評以前に失格な彼だけど。忙しがっているわりには旅行も行く。少なくない友達がいる。占いは私にとって「好きではないけれど似合うといわれるので着ている服」のようなもの。それによると私は生涯孤独とは無縁、夢を叶え人に恵まれ富を得て長く生きるそうだ。
なんだこれは。わりと結構な人生のように見えるじゃないか。でも問題は、それが私の人生ではないように見えるということだった。
全てをコントロールしているという感覚。なんだかこいつが絶望的で、人生を陳腐に貶めてくれる。はじけて地面で雨に打たれている風船のなれの果て。
もう残りは消化試合なのか、このままゆるやかに老いていくのか。
もうワタシハ、二度ト傷つくこともナイのカ。

「回転木馬のデッドヒート」は、そんな人生の穏やかな狂気を見事に捕らえている。
人生は穏やかであってはいけないのではないか。
人は凡庸であってはいけないのではないか。
それが本当にこんなにも恐ろしいものであるのならば。

「それでそのスランプはどうやって抜けたの?もう終わったの?」
さて。
私は微笑む。
そして答える。

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オススメ度:☆☆☆☆☆
オススメ対象:不思議の国のアリスよりも鏡の国のアリスが好きな人に。自分のスタイルを確立できないことに疲れた人に。
オススメポイント:様式が整っており、謎も楽しめる。
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耐え難いのは、教室で昨日と同じ席に座ること。
自由にどこにでも座っていい、と言われたクラスは選択で生徒は少なく、座席はほとんどが空いていた。
だから私は毎回違う場所違う人の隣に座った。
「君はちょっと変わってるね。ちょっぴりどこかがおかしいかもね」
教師は言った。
昨日と同じことを繰り返すのは耐えがたかった。
反復する日常の枠からいつもはみ出てしまう。
この世界で一番残酷な違いは砂糖と塩とか、天国と地獄とか、そんな違いではなくて、砂糖と電車、戦争とアルマジロ、噴火とほくろ、そんな違い。ドアは開けても開けても前とは違うジャンルの音楽が鳴り響き、どの部屋にもい続けることなんかできないし、何やっても何か違うそのくせ、何かやらないで生きるにはあまりに長すぎる人生、何かやろうとするととたんに短い人生、どきどきがどんどん大きくなっていく。
「それ」は全然見つかんなくて、世界はいつも「もっと何か別のこと」に満ち満ちてて、膨らみ続ける風船が私の居場所をきゅうきゅう圧迫する。

若さが苦しい。

「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」はそんな若き日の私に安らぎをもたらしてくれた本のひとつだ。私は飽かずこの本を読んだ。最初は父のハードカバーで、やがて自分で買った文庫本で。誰かに貸した文庫が返ってこなければまた新たに書店で求め、繰り返し、繰り返し。
不思議なものだ、昨日の繰り返しは嫌なのに、本は繰り返し読めるなんてね。

同じ安らぎをもたらしてくれる本が、他にもあった。それは数冊の料理の本だった。
素材別の調理法の本、一般的な献立の基礎の本、おもてなし用のご馳走の本、弁当用の本。
にくじゃが・ビシソワーズ・ミートローフ・冷凍庫クッキー・鶏のキジ焼き・チキンライス・ババロア・豆腐の卵とじ、茶巾寿司。
何度も読むうちにその料理のコツや味の特徴がレシピから読み取れるようになった。よく出来たマニュアルがそうであるように、それらの本の簡潔さは雄弁だった。どのスパイスが肉の臭みを抜くのか、どの工程でどの材料がどういったやわらかさに火が通っていなければならないのか、口に入れたときにどのような食感になるのか。わかりやすさのために割愛されているさまざまなことが、繰り返し読むことで行間から、たとえば材料の切り方や鍋に入れる順番から、あぶりだされてくる。読めば読むほど奥が深く意図が細部に宿っている。
私は何度も読み返しては頭の中で献立を組み、全体の手順をシミュレートした。
ちょうど母が家を出て行った頃だったから料理はすぐに役に立ち、受験の準備の合間に私は腕を上げた。
それが嵩じて高校三年の夏には料理の専門学校に資料請求までした。
料理をするのは好きだった。父も弟も友達も私の料理を喜んだ。私も彼らに料理を食べてもらうのが大好きだった。でも私はやはり「その部屋」にもとどまることはできなかった。資料は捨てた。最初から、料理人を目指すつもりなんか、それどころか、目指すつもりになる可能性を信じる気すら、ちっともなかったのかもしれない、とそのことに苛立った。
私には「何かになる」ことはできなくてどうにも自分であることしかできなくて、でも自分が何なのかわからないままどきどきがどんどん大きくなる、世界は膨らみ続けている。

今にして思えば、私はこの本にスタイルを求めていたのだと思う。確立された、秩序を。
料理の本に摂理を求めていたように。
ハードボイルドワンダーランドの主人公の持っている、こまごまとしたコダワリ(実にソファーや車の選び方やサンドイッチの作り方に至るまで)や、世界の終わりに在る秩序が、私にささやかな安らぎをもたらしていたのだ。
受験の準備の合間に埃っぽいヒーターの前にうずくまるようにして本を広げ、時にキッチンに立って料理を作った。そして私自身の問題や出て行った母のことや進学のことがいつも「もっと何か別のこと」に変化し続けて私を圧倒する混沌の嵐のさなかに、他人のスタイルを借りてやっと、息つける場所を確保していたのだ。

若さは、今も苦しい。

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