びぶりおふぃりあ  ブックレビューとオススメの海外ドラマ・映画のあらすじと感想。顔面血管腫(赤アザ)カバーメイク体験談

純文学

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オススメ度:☆☆☆★★

三人関係
三人関係多和田 葉子

講談社 1992-03
売り上げランキング : 372013

おすすめ平均 star
starこの著者ならではの視点

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冒頭:

九時十七分着の夜行列車が中央駅に止まると、車体が傾いていたのか、それともプラットホームが傾いていたのか、私は列車から降りようとした時、けつまづいて放り出され先に飛んでいった旅行かばんの上にうつぶせに倒れてしまった。背後で男の声がしたが、それが私が押したんじゃありませんよ、という意味なのか、わからなかった。(かかとをなくして)



収録作品:
かかとをなくして
三人関係

あらすじ:
かかとをなくして
   書類結婚でヨーロッパにやってきた主人公は、教えられた住居に行くが夫に会うことができない。道行く人にかかとを見つめられ、かかとに欠陥があると指摘される主人公は、やがて夫の部屋の鍵をこじ開ける
三人関係
   心酔している女流作家と夫である画家とその教え子との三角関係ならぬ三人関係へのしずかな妄想。吉行淳之介の『鳥獣蟲魚』や小池真理子『恋』を思わせる。

感想:
黙るしかない、という相手がいる。
「この前アフリカのコンテンポラリーアートの展覧会に行っ―――」
「アフリカのコンテンポラリーアート?今アフリカのコンテンポラリーアートって言った?」
「・・・・・・うん、だいたい活動の場はパリとかニューヨークとかなんだけ―――」
「でしょ。アフリカに、コンテンポラリーアートはないわよね」
終わり。
彼ら一人一人の活動の場がどこであっても、アフリカ人である人々の作品を伝統やヨーロッパからの抑圧などのいくつかのテーマごとに展示した展覧会は見ごたえがあったのだが、すっかり出鼻をくじかれて、黙ってしまった。
彼女はとても頭の良かった幼馴染で、何事も彼女に話をするのがいつも楽しみだったのだが、高名な評論家に師事するようになるととんでもなく鼻持ちならなくなり、おまけに退屈になった。彼女が退屈な人になったのではなく、ただ会って話をするしか遊びがなく、またそれで充分だった関係が突然、私が喋らせてもらえなくなったので退屈するのだ。
多和田葉子の話である。
「多和田葉子って、すごくいいなと思って―――」
「あれ?あなた、『かかとをなくして』をけなしてなかった?ピンとこなかったって。」
「ああ、あれ、多和田葉子だっけ。私がいいと思ったのはね、『アルファベットの傷口』と、」
「そうよ、ピンと来なかったって言ってたわよ。私、ああいう人が文学者なんだと思うわ。うちの先生は最初から彼女を認めていたの。他の人たちは半信半疑だったけれど、ぜったいすばらしいって、言ってたんだって」
「・・・・・・そう」
以来怖いような気がして、『かかとをなくして』を再読する機会を失っていた。
恐る恐る読んでみると、やはりピンと来なかった。安心した。

列車での旅、学校への奇妙な憧憬、異国での戸惑い、のどかでリアルな性、これらは後にもずっと登場する多和田葉子特有のモチーフである。
ストーリーは社会に属さない異邦人である主人公がひとりごちに他人や彼らのルールを解釈し奇妙な共生をしながら、摩り替わり移ろっていく自らの目的を探求しするというパターン。
『罰を受けないカフカ』―――そこにもはやカフカの面影はないが―――とでもいうような穏やかな異分子であり、悲しみのメタファーとしての不条理である。
それもこれも多和田葉子特有のものなのだが、私が好きな多和田葉子ではない。
それは、主人公が無知無能な理由が単に無知無能によるもののように感じられるからだ。
多和田葉子は本当に頭の良い人だ。
日本でも高名な賞をいくつも取っているし、ドイツ語でも小説を書いていてドイツでの評価も高い。それが文字の間からはっきりわかる。
にもかかわらず主人公が無知無能であるがゆえに社会からドロップアウトしているというのが、何かすっきりしない。もやもやした不快感が残る。
後の作品では、主人公が社会不適合として疎外される理由も無知無能という役割を与えられる理由も「異邦人」ということになっている。『かかとをなくして』ではおかしいのは自分ばかりだが、後の作品では周りの他人もおかしいのだ。とてもシンプルだし、隠しようのない知性にもそぐう。

追記:
ところで、『かかとをなくして』のイカのことは、どのように受け止めたらいいのだろう。それがずっと自分を覗いていたと思うとコミカルにならざるをえないし、じゃあ最後はなんなんだ、っていうのもおさまらない。
『三人関係』の、誰もが肌が透明に見える主人公が綾子とであったときに彼女の肌だけは質感があると感じるさまは、吉行淳之介の『鳥獣蟲魚』の誰もが石膏色に見えたけれどあるとき人間の肌に見える女と出会うというのと同じだ。


10進分類:913.6
内容分類:純文学

時代背景:不明

受賞:『かかとを失くして』第34回群像新人文学賞(1991年)

漢字の難しさ ☆☆★
表現の難しさ ☆☆☆
文体の読みにくさ ☆☆☆
テーマの重さ ☆☆★
テーマの難解さ ☆☆☆

所要時間:1時間
『かかとをなくして』30分
『三人関係』30分

三人関係
三人関係多和田 葉子

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オススメ度:☆☆☆☆☆
オススメポイント:カニバリズムとゴシップと人間
ひかりごけ (新潮文庫)
ひかりごけ (新潮文庫)武田 泰淳

おすすめ平均
stars私小説論としても成立している戦後日本人の批判小説
stars閉じた社会での人間関係を良く描いている
stars罪と罰
stars野火と読み比べてみて
stars常に己を振り返らなくてはならない

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漢字の難しさ ☆☆★
表現の難しさ ☆☆★
文体の読みにくさ ☆★★
テーマの重さ ☆☆☆
テーマの難解さ ☆☆☆

所要時間:
2時間
「ひかりごけ」のみのとき、30分

収録作品:
  流人島にて
  異形の者
  海肌の匂い
  ひかりごけ

冒頭:

私が羅臼を訪れたのは、散り残ったはまなしの紅い花弁と、つやつやと輝く紅いそのみの一緒にながめられる、九月なかばのことでした。今まで、はまなし(はまなす、と呼ぶのは誤りだそうです)の花も実も見知らなかった私にとり、まことに恵まれた季節でありました。



あらすじ:
  流人島にて
   古くから島流しの地であった八丈島、そしてその先にある八丈小島。かつて感化院の不良少年としてこの地に強制労働させられていた男が、自分を殺した男に復讐する。流人同士の悲しい宿命。

  異形の者
   ふとしたきっかけで、裕福な寺に生まれながら「誰もが救われる」浄土宗の教えに抱いた若き日の反逆心と青春の苦悩を思い返す。

  海肌の匂い
   町から漁村に嫁に来た女が不漁続きの殺気立った人々の中で異端として孤立する危うさを垣間見る。

  ひかりごけ
    1944年北海道の羅臼で起こった人肉事件をモチーフとしたフィクション。

感想:
どれもある特殊で閉鎖された社会を舞台とすることで、「人はいかにして人たりえるか」という人間性の限界を描いている。
武田泰淳の描写は肌に合う。その描写は映像として眺めるのではなく、中で自由に歩くことができ呼吸ができるかのようだ。会話・観念・描写の分量の割合の問題なのかもしれないし、描写がそれぞれ独立し、そのもの・その空間・その景観を小さな世界としてあらわしているからなのかもしれない。
そのため古臭さが全くなく、テーマの重苦しさに比して開放感がある。
問題を提示して結論を押し付けていないところも軽やかだ。
読み手がさまざまに考えを持つことができるので、読んで話題にすると面白いだろう。

「ひかりごけ」は武田泰淳の最も有名な作品である。世間を賑わした実在の事件をモチーフにカニバリズムをテーマとしたフィクション。團伊玖磨によってオペラにもなったし、三國連太郎主演で映画化もされた。
難破した船の乗組員4人にそれぞれ、食われたくない男・食わない男・食ってしまう男・食う男、という役割を与え、極限状態でのドラマを描いている。
ただ一人生き残った「食う男」船長は罪に問われ法廷で裁かれるが、人を食べたことも人に食べられたこともない人間に裁かれること自体が意味がないと感じている。
自らの心情を「ただ我慢している」と言った船長の言葉は法廷では理解されないが、「食わない男」八蔵が最初に死んだ男五助の死体を早く海に流すべきだと主張した際の言葉「待つのはよくねえだ」と通じ、この世の生の過ぎるのをただ耐えるという死生観を表している。

カニバリズムの中でも、変態性欲とサバイバルは全く性質の違うものだと思う。
崩壊していることと、崩壊されてしまうことには、当人にとって大きな違いがあるはずだ。
が、それが同じ言葉に分類されるのは、第三者の好奇心といういわばゴシップの域を脱していないからだろう。
自分が漠然と描いている「人」でなくなる危機というのは誰にも起こりうるが、起こるまではそれを嘲笑っている。浅はかだからだけではない、共感すれば「人」でなくなるからなのだ。私たちは不運にも脱落した者に眉をひそめ、指差し、嘲笑い、ゴシップの山に捨てることで、なんとか化け物にならず人間らしい輪郭を保っていられる。


ひかりごけ (新潮文庫)
ひかりごけ (新潮文庫)武田 泰淳

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