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耽美

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オススメ度:☆☆☆☆☆
オススメポイント:耽美

痴人の愛 (中公文庫)
痴人の愛 (中公文庫)谷崎 潤一郎

中央公論新社 2006-10
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おすすめ平均 star
star「ナオミ、その滑らかな発音を…」
star女体の匂いと肉感、依存する男の性

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あらすじ:

譲治は会社では「君子」と呼ばれている地味な男だったが、雷門近くのカフェエで女給として働いている15歳のナオミを見初め、家で女中働きさせながら教育を施し、気心知れ見込みあるようであれば妻にもしようと引き取る。
ほどなくして入籍するが、正式な披露目をしないまま二人の関係は思わぬ方向に発展していく。


感想:
ナオミは性根が悪く、教育を受けさせてもらっていることを恩に着るどころか、自分の体の魅力に骨抜きになっている譲治の足下を見て、ろくに勉強もしないし、妻としての務めもまったく果たす気が無い。煮炊きもせずに出前ばかりとり、好きなだけ買い放題の衣装は洗濯もせずに垢まみれ、家は散らかり放題だ。

それのみならず英語や声楽を習った縁で慶応の学生たちと知り合い、人妻としてあるまじき淫行を繰り広げるのだ。

「君子」と呼ばれていた男が、二人な楽に暮らせるはずの給料も足らなくなり、寡婦である田舎の母に嘘をついて金を送らせ、会社をさぼり、会社を辞め、親の遺産の田舎の土地を売り払うまでに堕落していく。

皆に軽蔑され慰み者にされているナオミを譲治ひとりが崇拝して笑いものにされるのだが、あんまり譲治がゆったりと騙されているもので、ナオミの素行は少しずつ気配で気取られていくのではなく、どばっどばっとたまっていた膿が噴出すごとくに事実関係が明らかになるので、爽快なくらいである。

譲治はあんまりナオミが堂々としているので却って「そんなことはないだろう」と思ってしまう。気の弱さと溺愛への執着のために、ナオミの大胆さにすがってしまうのである。しかし、実はまったく想像の通りなのだ。


谷崎潤一郎の才能はその「ものがたり」の優美にあるだろう。納得とことんさせようというようなあさましい書きざまでなく、視点が定まっており、実におっとりとしている。それが絶妙な滑らかさを与え、読む者はすべるように物語を味わうことができるのである。
政治色はなく、主義・主張の結実でもなく、自我の放出でもなく、ただむかしの宮廷文学に同じく雅やかな才気で縷々したためられている。
ナオミは読者として見て魅力的とは思えないが、譲治が逃れられないという感覚はとてもよく理解できる。複数の男に体を共有され「ヒドイ仇名」をつけられたナオミをあがめ、社会的地位を失っても意に介さないでている譲治は呑気というかやはり優雅だ。
こういうことどもが谷崎潤一郎の「耽美」といわれるものなのかなと思う。

地名の使い方の単純も際立つ。
ナオミは「千束」出身の娘で「血は争われない」と浜田に言われる。これは作中まったく説明がなく女の人や東京住まいでない人などにはわかりにくいと思うのだが、千束といえば吉原遊郭があった地域で今でもソープランドが軒を連ねる風俗街である。
居住する大森は鉄道開通で新興の郊外の住宅地であったし、譲治の勤める電気会社のあるのはやはり京浜電車によって栄え始めた大井町。ナオミが好きなだけ放蕩するために策略し譲治をそそのかして別荘を借りさせる鎌倉は古くから有名な観光地であり、横浜というハイカラな土地柄にナオミが徘徊しているという評判を耳にするだけで譲治が足を踏み入れることがないというのは象徴的だ。そして最終的に西洋人相手に遊び歩くナオミと引っ込む土地は異国情緒の本牧である。
自然派とは真っ向反対の典型にのっかったあっさりした設定と言える。

また西洋人優位もあまりに単純でその賞賛に劣等感どころか快感が描かれていることも、マゾヒズムにただ女にに屈服して喜んでいるというだけでは出せない説得力を与えている。

筋書きは単純であるが内容は大胆で、さすが印象的と思うシーンがある。
最たるものは鎌倉の海岸でぐでんぐでんによっぱらったナオミがマントの下全裸の格好で男たちとさまよっているところを、譲治に発見されるところだ。ナオミがマントをばっとまくってみせるところが、見たわけでもないのに目に焼きついている。
この場面を掲載したあと、この小説は大阪朝日新聞を連載打ち切りになっている。納得である。
(その後雑誌「女性」に移って続行)

ナオミが譲治を打ち負かし、懇願されるまま譲治に馬なりになるシーンもまた強烈である。

「さ、此れでいいか」
と、男のような口調で云いました。
「うん、それでいい」
「此れから何でも云うことを聴くか」
「うん、聴く」
「あたしが要るだけ、いくらでもお金を出すか」
「出す」
「あたしに好きなことをさせるか、一々干渉なんかしないか」
「しない」
「あたしのことを『ナオミ』なんて呼びつけにしないで、『ナオミさん』と呼ぶか」
「呼ぶ」
「きっとか」
「きっと」

この後譲治はナオミの体というご褒美をもらえるのだが、このやり取りに圧倒されてそっちのほうはまったく頭に入ってこない。このやり取りそのものがマゾヒスティックなご褒美であり、通常の肉体関係なんか譲治には要らないに違いないといつのまにか思い込んでいて、「そして私とナオミは、シャボンだらけになりました」という一文はどうでもいいのである。

文章の読みやすさ筋立ての面白さと文学的価値が融合した作品群という点において、谷崎潤一郎はドストエフスキーと共通している。

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