お知らせ
オススメ度:☆☆☆★★
オススメ対象:子供あるいは子供のものが好きな大人
オススメポイント:ツネタ君のリアリズム
熊は怖い、でもかわいい。
そういう動物めずらしい。
出会ったら死ぬかもしれない猛獣である。少なくとも日本では、ごく一部の蛇や鮫以外では一番死に近い動物なのだ。
なのに物語に書かれたりキャラクター化される熊はいつもちょっと間抜けでくいしんぼう。どうしたって憎めない愛くるしい抱きしめたくなるいきものだ。
はちみつが大好きで、やっぱりそんなに賢くなくて、きもちがやさしくて、その体みたいにふっくらぽかぽかしている。
あのどこに行ってもある、テディベア!
そしてくまのプーさん、パディントン、くまの子ウーフ。
くまの子ウーフは育ち盛りの男の子、見るもの聞くもの全部に興味津々である。
さかなにはなんで舌がないのか、卵を産むニワトリは卵でできていてウーフはおしっこするからおしっこでできているのか、くまはねずみ100匹分ごはんを食べるからずるいのか、ウーフは将来何になるのか、・・・。
ウーフの疑問は尽きることがない。ウーフはそんな疑問に体当たりで真剣に挑むのだが、如何せん熊なのだからちゃんとした答えなんか出せっこない。キツネのツネタ君の厳しい批判にびっくりさせられてばかりだ。
中でも「ちょうちょだけに なぜ なくの」という話でのツネタ君のリアリストぶりは優れている。
家の中に迷い込んだちょうちょを逃すまいとして窓に挟んで死なせてしまったウーフ。号泣である。泣きながらお墓を作っていると友達がやってくる。ウーフがかわいいな、と思っているうさぎのミミちゃんと、遊び仲間のツネタ君だ。
ツネタ君はミミちゃんと同様お墓をおがんでくれるけど、これは遊びごとで本当のお弔いとは全く違う次元にさらっと割り切っている。そしてウーフが本当に泣いているということにびっくりするのだ。
このツネタ君、びっくりしただけで済ませるようなのどかな人ではない。それはそれ、これはこれ、の分別がつかないウーフを厳しく追及、その境界を迫るのだ。
「へえ、ウーちゃん、こないだ、ぼくととんぼとってあそばなかった?あのとんぼ、羽もげてしんじゃったけど、ウーちゃん、なかなかったね。どうして?」
気の毒にもおかしいウーフ、答えられるわけがない。美しいちょうちょに一瞬かけた淡い思いと、とんぼをいじくりまわしていた興奮とを言い表してなお泣くという芸当は、できっこない。
「しらない・・・・・・」
と答えるのみである。ツネタ君はなおもウーフの罪を列挙する。お尻でてんとう虫をつぶした、さかなも肉もぱくぱく食べる、と。
「ひどいわ、ツネタちゃん。せっかくウーちゃんが泣いているのに」
ミミちゃんがかばうと、こうである。
「せっかくなんてへんだね。まあ、どうぞないてるといいや。こんばん、ビフテキたべるときはもっとわんわんなくんだぞ」
もう・・・。まるで自分を見ているような。ここまで言うのか、である。なんのために?私は好きな人と喧嘩になると、やっぱりこのくらい言ってしまう。ツネタ君くらいの切り口で。ミミちゃんみたいだったらいいなあ、と言われたひとは思うのだろうけど、どうしてもツネタ君になってしまう。
ツネタ君が罰しているのはもちろん、殺生することではなく、殺生していることへの無知だ。それは私たち人間にも広く言えることではないか。さかなも肉もぱくぱく食べて、害虫だ害獣だとじゃまな生き物を殺し、森林やオゾン層を破壊して生態系を狂わせて、でも優しくする欲求を満たすためただ何かを愛玩してえらそうにしている。
ツネタ君はこう言うかもしれない。
「は、くまのお父さんやお母さんも殺しておいて、人間のおじいちゃんもあかちゃんも殺されてるくせに、くまだけどうしてかわいいの。」
この話がおもしろいのはツネタ君がウーフを嘲って去ったあと、ミミちゃんもそそくさといなくなってしまうところだ。世論はツネタ君についたのだ。
一人泣くウーフはミミちゃんが供えてくれたドロップにありがたかっているのを見て、ちょうちょにあげたのにありに取られるくらいなら、とドロップを食べてしまう、そのときにありもいっしょに飲み込んでしまい、
『口の中がもじょもじょしました。口の中で
たすけてくれー、戸をあけてくれー
と、小さな声がしたようでした。
ウーフはいきをとめて、なみだのとまった目をまるくしました。』
これが、終わりである。
☆面白い、と思ったらここをクリック!☆
オススメ対象:子供あるいは子供のものが好きな大人
オススメポイント:ツネタ君のリアリズム
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熊は怖い、でもかわいい。
そういう動物めずらしい。
出会ったら死ぬかもしれない猛獣である。少なくとも日本では、ごく一部の蛇や鮫以外では一番死に近い動物なのだ。
なのに物語に書かれたりキャラクター化される熊はいつもちょっと間抜けでくいしんぼう。どうしたって憎めない愛くるしい抱きしめたくなるいきものだ。
はちみつが大好きで、やっぱりそんなに賢くなくて、きもちがやさしくて、その体みたいにふっくらぽかぽかしている。
あのどこに行ってもある、テディベア!
そしてくまのプーさん、パディントン、くまの子ウーフ。
くまの子ウーフは育ち盛りの男の子、見るもの聞くもの全部に興味津々である。
さかなにはなんで舌がないのか、卵を産むニワトリは卵でできていてウーフはおしっこするからおしっこでできているのか、くまはねずみ100匹分ごはんを食べるからずるいのか、ウーフは将来何になるのか、・・・。
ウーフの疑問は尽きることがない。ウーフはそんな疑問に体当たりで真剣に挑むのだが、如何せん熊なのだからちゃんとした答えなんか出せっこない。キツネのツネタ君の厳しい批判にびっくりさせられてばかりだ。
中でも「ちょうちょだけに なぜ なくの」という話でのツネタ君のリアリストぶりは優れている。
家の中に迷い込んだちょうちょを逃すまいとして窓に挟んで死なせてしまったウーフ。号泣である。泣きながらお墓を作っていると友達がやってくる。ウーフがかわいいな、と思っているうさぎのミミちゃんと、遊び仲間のツネタ君だ。
ツネタ君はミミちゃんと同様お墓をおがんでくれるけど、これは遊びごとで本当のお弔いとは全く違う次元にさらっと割り切っている。そしてウーフが本当に泣いているということにびっくりするのだ。
このツネタ君、びっくりしただけで済ませるようなのどかな人ではない。それはそれ、これはこれ、の分別がつかないウーフを厳しく追及、その境界を迫るのだ。
「へえ、ウーちゃん、こないだ、ぼくととんぼとってあそばなかった?あのとんぼ、羽もげてしんじゃったけど、ウーちゃん、なかなかったね。どうして?」
気の毒にもおかしいウーフ、答えられるわけがない。美しいちょうちょに一瞬かけた淡い思いと、とんぼをいじくりまわしていた興奮とを言い表してなお泣くという芸当は、できっこない。
「しらない・・・・・・」
と答えるのみである。ツネタ君はなおもウーフの罪を列挙する。お尻でてんとう虫をつぶした、さかなも肉もぱくぱく食べる、と。
「ひどいわ、ツネタちゃん。せっかくウーちゃんが泣いているのに」
ミミちゃんがかばうと、こうである。
「せっかくなんてへんだね。まあ、どうぞないてるといいや。こんばん、ビフテキたべるときはもっとわんわんなくんだぞ」
もう・・・。まるで自分を見ているような。ここまで言うのか、である。なんのために?私は好きな人と喧嘩になると、やっぱりこのくらい言ってしまう。ツネタ君くらいの切り口で。ミミちゃんみたいだったらいいなあ、と言われたひとは思うのだろうけど、どうしてもツネタ君になってしまう。
ツネタ君が罰しているのはもちろん、殺生することではなく、殺生していることへの無知だ。それは私たち人間にも広く言えることではないか。さかなも肉もぱくぱく食べて、害虫だ害獣だとじゃまな生き物を殺し、森林やオゾン層を破壊して生態系を狂わせて、でも優しくする欲求を満たすためただ何かを愛玩してえらそうにしている。
ツネタ君はこう言うかもしれない。
「は、くまのお父さんやお母さんも殺しておいて、人間のおじいちゃんもあかちゃんも殺されてるくせに、くまだけどうしてかわいいの。」
この話がおもしろいのはツネタ君がウーフを嘲って去ったあと、ミミちゃんもそそくさといなくなってしまうところだ。世論はツネタ君についたのだ。
一人泣くウーフはミミちゃんが供えてくれたドロップにありがたかっているのを見て、ちょうちょにあげたのにありに取られるくらいなら、とドロップを食べてしまう、そのときにありもいっしょに飲み込んでしまい、
『口の中がもじょもじょしました。口の中で
たすけてくれー、戸をあけてくれー
と、小さな声がしたようでした。
ウーフはいきをとめて、なみだのとまった目をまるくしました。』
これが、終わりである。
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オススメ度:☆☆★★★
オススメ対象:山より暖炉
三月二十一日に、丹沢に登った。
山に登ろう、と誘ってくれたのは、仕事で常駐している客先の社長だった。私がよく歩いているのを知って声をかけてくれたのだけれど、それが現実になったのは、彼が”丹沢”を勧めたためだと思う。
丹沢はいつも、見ていた。多摩に住んでいれば、雪を被った富士の手前に連なっている青々とした山々は目に親しい。丹沢連峰である。
いつか、と思いながらなかなか機会がなかった。
ヤビツ峠から入り二の搭、三の搭を越えて搭の岳を目指す(表尾根縦走)コースはガイドブックによると「簡単な岩場の登り下りや岩歩きの初歩的テクニックを必要とするケース、または筋力的・体力的な日常の訓練なしには昇るべきでない初級者の上レベル」というランクに設定されたコースだった。
確かに二の搭への登りは長くきつく、その後表尾根に入ってからもアップダウンがあり、道も日向はずるずるとぬかるんで歩き辛い。テクニックよりも体力の要るコースだと思う。
山登りはめったにしないけれど、決して嫌いではない。黙々とするものは意外と好きなのだ。黙って右足と左足を動かして、それがキツイのが、良い。そういうときに考えることって、校長先生が朝礼で喋るようなことだったりして、終わったあとには誰にもいえないんだけど。継続は力なり、とかさ。
長い長い勾配を上りながら思うことは、上をぜったいみないこと、うつむいてただ次の一歩だけを考えて、小刻みに、けして休まないこと。これは子供の頃からピアノを習い続けた日々と似ていて、大事なのは、けして練習を休まないこと、休む理由を見つけるのは簡単だけれど、確かなのは、休んだらおしまいで、もう続けられないということ。続けるというのは、ただ休まないってだけの単純なこと。
往復同じ道を帰るのは辛いな。実際の復路は想像よりも往路とは雰囲気が違っていて、案外歩けてしまうものなのだけれども。でも「この道を帰るのか」と思いながら行く往路は、ツラクキビシイ。初めての道だからやりきれるって思う。もし人生が一方通行じゃなくて往復だったら、半分できっと死んでしまう。少なくとも往路はそのつもりで乗り切る。折り返しで自殺する、って決めなきゃ、たぶん、進めない。
・・・ほら、私、なに人生とか考えてんの?
そんな脳みそを揺らしながら意志から切り離された視線は、顎をつたう汗がせこせこ前進する自分の影に落ちて弾けるのを、見ている。
もちろん、丹沢はそんなハードな山じゃない。慣れた人にはピクニックのように登れる山だろう。「丹沢夜話」の著者ハンス・シュトルテは栄光学園の教師であり山岳部の顧問であったドイツ人だ。このエッセイには丹沢への愛情が溢れている。エッセイの著者には趣味・こだわりがないと味がないが、同時にどこか寛容で磊落でなければならないと思う。彼はそれを持ち合わせた上に、体力があり身軽なのだろう、登山の苦労話も常に軽々と書かれているのが魅力だ。
実際の登山はそうも行かないのだけれど、山歩きに慣れた視点を気軽に楽しんでみたいなら、こんな本も良いだろう。
登山靴買うより、安いんだしね。
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三月二十一日に、丹沢に登った。
山に登ろう、と誘ってくれたのは、仕事で常駐している客先の社長だった。私がよく歩いているのを知って声をかけてくれたのだけれど、それが現実になったのは、彼が”丹沢”を勧めたためだと思う。
丹沢はいつも、見ていた。多摩に住んでいれば、雪を被った富士の手前に連なっている青々とした山々は目に親しい。丹沢連峰である。
いつか、と思いながらなかなか機会がなかった。
ヤビツ峠から入り二の搭、三の搭を越えて搭の岳を目指す(表尾根縦走)コースはガイドブックによると「簡単な岩場の登り下りや岩歩きの初歩的テクニックを必要とするケース、または筋力的・体力的な日常の訓練なしには昇るべきでない初級者の上レベル」というランクに設定されたコースだった。
確かに二の搭への登りは長くきつく、その後表尾根に入ってからもアップダウンがあり、道も日向はずるずるとぬかるんで歩き辛い。テクニックよりも体力の要るコースだと思う。
山登りはめったにしないけれど、決して嫌いではない。黙々とするものは意外と好きなのだ。黙って右足と左足を動かして、それがキツイのが、良い。そういうときに考えることって、校長先生が朝礼で喋るようなことだったりして、終わったあとには誰にもいえないんだけど。継続は力なり、とかさ。
長い長い勾配を上りながら思うことは、上をぜったいみないこと、うつむいてただ次の一歩だけを考えて、小刻みに、けして休まないこと。これは子供の頃からピアノを習い続けた日々と似ていて、大事なのは、けして練習を休まないこと、休む理由を見つけるのは簡単だけれど、確かなのは、休んだらおしまいで、もう続けられないということ。続けるというのは、ただ休まないってだけの単純なこと。
往復同じ道を帰るのは辛いな。実際の復路は想像よりも往路とは雰囲気が違っていて、案外歩けてしまうものなのだけれども。でも「この道を帰るのか」と思いながら行く往路は、ツラクキビシイ。初めての道だからやりきれるって思う。もし人生が一方通行じゃなくて往復だったら、半分できっと死んでしまう。少なくとも往路はそのつもりで乗り切る。折り返しで自殺する、って決めなきゃ、たぶん、進めない。
・・・ほら、私、なに人生とか考えてんの?
そんな脳みそを揺らしながら意志から切り離された視線は、顎をつたう汗がせこせこ前進する自分の影に落ちて弾けるのを、見ている。
もちろん、丹沢はそんなハードな山じゃない。慣れた人にはピクニックのように登れる山だろう。「丹沢夜話」の著者ハンス・シュトルテは栄光学園の教師であり山岳部の顧問であったドイツ人だ。このエッセイには丹沢への愛情が溢れている。エッセイの著者には趣味・こだわりがないと味がないが、同時にどこか寛容で磊落でなければならないと思う。彼はそれを持ち合わせた上に、体力があり身軽なのだろう、登山の苦労話も常に軽々と書かれているのが魅力だ。
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ウーフはウーフで、できているんだよ。
コドモの頃、大好きだった!




