びぶりおふぃりあ  ブックレビューとオススメの海外ドラマ・映画のあらすじと感想。顔面血管腫(赤アザ)カバーメイク体験談

小説・文芸書

ここでは、「小説・文芸書」 に関する記事を紹介しています。

オススメ度:☆☆☆☆★
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オリヴァー・トゥイスト(上) (ちくま文庫)
チャールズ・ディケンズ 小池滋
筑摩書房 1997-12-04
評価

by G-Tools , 2017/01/29



19世紀のイギリスで、人々がどのように生活していたのか、二百年経った今も古びない、楽しく分かりやすい物語でいまに伝える物語。

貧しい生まれ故に行き場を失い、9つでユダヤ人フェイギンの窃盗団にかどわかされたオリバーは、見る人を魅了してやまない天使の美貌によって悪人からも善人からも引く手あまた、オリバーをめぐる悪人たちと善人達の攻防がドラマを生み、やがてオリバーの出生の秘密を解き明かしていく。

窃盗団が盗むめぼしいものとして、ハンカチがあるのが面白い。現代ではハンカチなどスリをしてまで手に入れるほど価値のあるものでないし、人が使っていたハンカチを中古で使う感覚はない。でもこの当時は中古のハンカチを売る店があり、その仕入先はスリたちだったらしい。
彼らは立派な紳士のポケットから絹のハンカチを鮮やかな手つきで取り出して持ち帰り、イニシャルの刺繍の縫取りを取る。フェイギンのアジトには洗濯したハンカチが所狭しと干してある。

ストーリーに多少のご都合主義はあるが、批判する程のことはないように思う。偶然助けてくれた人と実は深い縁があるとか、まさかそんな、というほどの世間の狭さはいくつか現れてくるが、そこでここぞとばかりに神様だの善行だのをひけらかしてこないで、案外あっさりと通り過ぎるからだ。

その一方で、貧しい人々の悲惨な境遇については現代に通じるリアリティがある。
フェイギンの一味である売春婦ナンシー、オリバーに肩入れした彼女は物語の転換でとても重要な役割を演じる勇気のある女だが、情人である怪力の悪党サイクスから激しいDVを受けていてもその境遇から抜け出すことができない。

「わたしみたいに、自分の身を間違いなく雨露から守ってくれるものといったら棺桶の蓋しかなくて、病気になって死にかかっても、友達といったらお助け病院の看護婦しかいない、そんな女が、どこかの男に哀れながらも思いを寄せたとしたら、昔は両親や家庭や友達が暖かい火をともしてくれたけれど、みじめな暮らしを続けているうちに空っぽになってしまったこの胸のうちが、やっとその男のお蔭でまた暖かく燃えそうになったとしたら、そんな愚かな女を、誰が正気に戻らせることができましょうか? お嬢さん、憐れんで下さい――あたしたちみたいな女が、女に残されたたった一つの情けに未練を感じたために、それが神様の罰によって慰安や誇りの種とはならず、逆に乱暴と苦しみを増す種になってしまったことを、どうか憐れんで下さい」
自分の言葉の通り、サイクスへの未練のために彼の元に戻ったナンシーはサイクスに殴り殺される。こん棒で頭を、サイクス自身が目を背け、しかし恐ろしくて背を向けられないほど、無残に砕かれる。

目をおおうばかりの恐ろしい姿だった。男はよろよろと壁の方に後ずさりしたが、片手で目を押えながら、片方で重い棍棒をつかむと、女の上から振り下ろした。

サイクスのナンシー殺しと死体との対峙、その後ドアを開けて逃げ出すまでの一連の描写は今まで他に読んだことがないほど素晴らしい。何度も読んでしまう。

そうしている間じゅう男は、一度も死体に背を向けたことがなかった。一瞬の間といえども、なかったのである。後始末が終わると彼は、後ずさりしながらドアの方に行った。

悪党は皆自業自得に死んで行くが、誰もが皆、身近に感じられる。例えばユダヤ人フェイギンがずる賢く表裏のある人物として描かれていても、それはあたりまえの普通のこと、無理からぬことのように理解される。

勧善懲悪の話とはいえ、善人達よりもずっと、悪人達が人間らしく生き生きと描かれて、読み終えると、「これならナンシーもフェイギンも、サイクスだって、報われるよな、こんな風に書いてもらってさ」と、彼らが笑っている顔がロンドン橋の向こうの夜空に浮かぶのだった。

オリヴァー・トゥイスト(下) (ちくま文庫)
オリヴァー・トゥイスト(下) (ちくま文庫)チャールズ・ディケンズ 小池滋

筑摩書房 1997-12-04
売り上げランキング : 67211

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オリヴァー・トゥイスト(上) (ちくま文庫) 大いなる遺産 下 (河出文庫) 大いなる遺産 上 (河出文庫) 荒涼館(2) (ちくま文庫) 荒涼館(1) (ちくま文庫) 二都物語(新潮文庫) イギリス 繁栄のあとさき (講談社学術文庫) ピクウィック・クラブ(上) (ちくま文庫) ピクウィック・クラブ(下) (ちくま文庫) ピクウィック・クラブ(中) (ちくま文庫)

おすすめ度:☆☆☆☆☆
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パイプのけむり選集 食 (小学館文庫)
團 伊玖磨
小学館 2009-05-08
評価

by G-Tools , 2015/11/23



知人がFaceBookで「サルミアッキアイス」なるものについて投稿していた。

なんでも「猛烈にあまくて、とんでもなくえぐくて、そしてしょっぱい」食べ物らしい。
その正体は海藻を煮詰めたフィンランドの菓子らしいのだが。

その「えぐみ」というキーワードに、ふと記憶を呼び起こされた。
日本にもえぐみがある菓子があるとどこかで読んだ、という記憶である。

そう、確かそれは餅のようなもので植物が練りこまれており、「一口しか噛んではならない」。
一口噛んだら即呑み込む。そうでなければ口の中がえぐみで痒くなるというのだ。
店で売っているようなものではなく、野草の類を手作りでこさえた珍味だったような…

そうまでして食べたいほどの美味。いったいどんな味なのか。
一度思い出すと無性にまた読みたい。
できれば食べたい。

そうだ、こんなことを書きそうなのは團伊玖磨さんだろう、とあたりをつけ、Kindleストアをのぞいてみたら、
なんと、名随筆と名高い『パイプのけむり』から『食』をテーマとして選集が出ているという。
パイプのけむりといえば何十冊もあるあの本、正方形のような形で、実家の書棚から手に取ってソファーに丸まって読んだあのビニールのカバーの柔らかな感触まで鮮やかによみがえる。

ポチッと購入。

そしてKindleの機能を駆使して「えぐい」「えぐみ」「かゆい」「あく」などで検索するも見つからず。更に「いがいが」なども検索してみるがなおも見つからず。

あきらめきれずに速読で確認しようとぱっぱとページをめくる。
ところが目の端にうつる言葉のいちいちが懐かしく、新鮮で、興味深く、気づくと手を止めて読んでしまっている。
いやいやそれは後からじっくりと。今は探そう、とまたぱっぱとページをめくるも、気づくと手が止まって…

面白い。

それで、やっぱり團伊玖磨さんは、えぐみや痒みに非常に興味が深かったのではないかと『筍』を読んで考えた。

よく味わってみると、何処か遠くのほうでいがいがとむず痒い感覚もしないでは無いが、そのむず痒さを呑み込む快感が味を一段と引き立てることが理解されて、春が来る度に、これが春の味なのだ、大地にとって春はむず痒いのだ、これはその味なのだ、と思う。
                      (さてパイプのけむり 『筍』)より




えぐみや痒みが團伊玖磨さんにとって特別なものとなったのは、小指の怪我と関係があるのではないだろうか。
ピアニストを目指していた若き日、小指の怪我がもとでその夢を断念した團伊玖磨さんは、作曲家を目指すこととなる。
もし彼が小指を怪我していなかったら「ぞうさん」はかあさんとよりそうこともなく、「夕鶴」が大事なよひょうを思って泣くこともなく、「花の街」を風のリボンが流れることもなく、「やぎさん」がとどいた手紙を食べちゃったり「ありさん」がごっつんこしたりすることもなかったのだ。
そして30年以上の連載を誇った名随筆『パイプのけむり』も生み出されることがなかった…

そう考えると運命の不思議を感じるが、ただ単にピアニスト兼作曲家兼エッセイスト、ということになっただけかもしれない。
天は二物も三物も与えるからねぇ。。。

もしかしたらえぐみ・痒みとは、團伊玖磨さんの知性そのものなのかもしれない。
ピアニストの夢をあきらめる、というともすれば悲劇にとらえられがちなエピソードを、なんとも滑稽にユーモラスに超えて行く、その跳躍の先に、日本を代表する作曲家と、名随筆家として充実した花を咲かせた團伊玖磨さん。春が来るたびむず痒い、何度も繰り返し芽吹くその命。

名随筆は死なない。と、團伊玖磨さん没後10年以上経って、改めて。

音楽も、またしかり。

来年はオペラ「夕鶴」が上演されるそうだ。


パイプのけむり選集 食 (小学館文庫)
パイプのけむり選集 食 (小学館文庫)團 伊玖磨

小学館 2009-05-08
売り上げランキング : 217889

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パイプのけむり選集 旅 (小学館文庫) パイプのけむり選集 話 (小学館文庫) パイプのけむり選集 味 (小学館文庫) 酒肴日和: 「そうざい」エッセイ選集 (徳間文庫カレッジ) もの食う話 (文春文庫)

オススメ度:☆☆☆☆★
オススメポイント:火の点かないライター

火花火花
又吉 直樹

流 第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫) 漁港の肉子ちゃん (幻冬舎文庫) スクラップ・アンド・ビルド 新・四字熟語 (幻冬舎よしもと文庫)

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売れないお笑い芸人、徳永が主人公。そして同じく売れないお笑い芸人、神谷。徳永よりも若干年上。
二人はそれぞれ別の男とコンビを組んでいる売れない漫才師。事務所も別。
徳永はとあるイベントで知り合った神谷に、衝動的に弟子入りする。
した。

徳永が又吉なんだろうな、というのはすぐわかるんだけれど、この徳永がよく又吉のイメージ通りの感性・人柄で、自分のことがわりと見えてるひとなのねぇ、と感心。
お笑い芸人で本を出す人けっこういるけど、「おまえだれだ?!」とびっくりするくらい活字の人格が違う人っていくら文章が上手でも、うすっぺらい感じがしちゃう。
だから、そこはまずクリアしてて、ああ、作家なんだなぁと思った。

神谷は、とにかくやることがめちゃくちゃ。そのへんのストリートミュージシャンとかお母さんに連れられたあかちゃんとかに遠慮なしに絡むし、女にも金にもだらしがない、肝心の漫才の舞台も世の中のルールを無視してハプニングやトラブルばかり起こる。そして徳永におごってくれる。消費者金融で借りた金で。そしてやさしい声で話す。

神谷の破天荒さ、だらしなさ、やさしさはよく描かれてるけど、

『神谷さんってどこが面白いの?なんで弟子入りしたの?』

というところは伝わってこない。

『いまいち肝心のところが描けてないのではないかなー』

という不安をかかえながら

『この本ほんとにおもしろいのか』

という不安をかかえながら

読んだけれど、
最後まで読んだら、
本は面白かったよ。

徳永は又吉とは違い、ブレイクしないまま相方が結婚を機に堅気になったため解散・引退する。その最後のライブもちょっと感動的に描かれていて、だから気にならなくなってしまうんだけど、やっぱり「あれっ綾部のことは描ききれないのかな、それが相方というものなのかな」という気はしたよ。

そうそう、神谷は面白くなかったんだよ。
最後まで読んで、面白くないんだということがわかった。

『…そうか、神谷さんは面白くなかったのか…神谷さんは、面白くなくていいんだ。そこが神谷さんの面白いところだったんだ』

この疑問がとけたときが一番興奮しました。

面白さを求め、あがき、やがてあきらめていく、そんな売れない芸人達は現実にゴマンといるんだろう。
生き馬の目を抜くような世界で並び立つことのできない男と男が散らす火花……は全く描かれていなくて、
恋愛のような、心細い少年のような、叙情的な交わりに、タバコに火をつけようとオイルの切れたライターをカチカチカチ、と鳴らしたような、火を生まなかった火花がいくつかあったような、そうだ確かにきらめいたような、…。

そう思えばじわっとくる、読後感。




火花火花
又吉 直樹

流 第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫) 漁港の肉子ちゃん (幻冬舎文庫) スクラップ・アンド・ビルド 新・四字熟語 (幻冬舎よしもと文庫)

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オススメ度:☆☆☆☆☆
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女のいない男たち
村上 春樹
文藝春秋 2014-04-18
評価

恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES フラニーとズーイ (新潮文庫) ふわふわ (講談社文庫) 村上海賊の娘 上巻 村上海賊の娘 下巻

by G-Tools , 2014/04/27




良かった。
モチーフは古くから使われているものだけれど、きちんと、年月を経て意味が深まっている。
とても良い短編集。(短編、なのかな?割と長目だよね)

なんとも知れない愛と、目に見える孤独。

「独立器官」の渡会医師の奇怪な死は、焦がれ死にという古くからあるかたちではない。
真剣に愛した相手に抱いていた幻想が裏切られた渡会医師の壮絶で不思議な死は、今の私たちが抱える恋愛の問題について深く考えさせる。
関係に未来や過去を練り合わせた物語が見出されそうな気配に気付くと、いちはやく相手が求めてきた物語を裏切って逃げる。
そうして私たちは、今の日本を覆う冷めた風潮に復讐を遂げながら、いっそうそれを助長していくのだろうか?

妻に裏切られ、浮気現場を目にした男の傷付いた心と、傷付くことから逃げたためにできた心の隙に住み着いてしまう蛇。それは魔物というよりも他人が自分の家にずかずかと住み着いてしまったような感覚で描かれている。『侵害』に近い感覚で。
「おれは傷つくべきときに十分に傷つかなかったんだ、と木野は認めた。」
深まったはずの孤独と裏腹に、失われるプライバシー。
そうして大切な自分自身は薄くそぎ取られていく。もはやそこでは「大切な自分自身」などはもう、ないのだが。

村上春樹はもっともっと短編を書いてほしい。彼は今の日本にとって必要な作家だ。「ノルウェイの森以降これといった作品がないのについ新刊が出ると買っちゃうけどさ」と思いながらも買い続けてきて良かった。
そう思わせる本。

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女のいない男たち
村上 春樹
文藝春秋 2014-04-18
評価

恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES フラニーとズーイ (新潮文庫) ふわふわ (講談社文庫) 村上海賊の娘 上巻 村上海賊の娘 下巻

by G-Tools , 2014/04/27



オススメ度:★★★★☆
オススメポイント:百年の孤独
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赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)
桜庭 一樹
東京創元社 2010-09-18
評価

少女七竈と七人の可愛そうな大人 (角川文庫) 私の男 (文春文庫) 推定少女 (角川文庫) 少女には向かない職業 (創元推理文庫) 未来形の読書術 (ちくまプリマー新書)

by G-Tools , 2014/04/27


あらすじ:
”辺境の人”に置き去りにされた捨て子、万葉(まんよう)は失読症だったがしかし、予知能力があった。
その辺境の血を見込まれて製鉄を生業とする旧家に嫁入りした万葉に端を発する、女三代の記。
死んでいった人々の中には、殺されたものがいたのか?

読み始めてすぐに、『百年の孤独』だな、と思った。
文庫本巻末にある作者あとがきをみると、以下のような記述があり、最初から意識して書いていたようだ。
「女三代、一族、年代記と言われたら、ガルシア・マルケス『百年の孤独』に、イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』、ヴァージニア・ウルフ『オーランドー』などが脳裏に浮かんだ。」

さっそく、イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』をAmazonで注文。

つまり、『赤朽葉家の伝説』は面白かった。
息もつかせぬ一族の絵巻、生まれてくる子供たちの名付けの妙、粗削りの神話のような味を出している幻想と現実の自在な行き来。どれも、ガルシア・マルケスそのもので、不慮の死者たちが四角い箱にぽきぽきと足を折られてつめこまれ埋葬されている鉄砲薔薇の谷間は、マルケスその人が書いたように思えた。(マルケスなら、『おんなおとこの死』ではなく、肝心のところが語られない大虐殺、と来るところだが)
私の好きな『百年の孤独』とこれだけ似通っているのだから、イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』とはどの程度似通っているのだろう、と興味がある。
(ヴァージニア・ウルフとはあまり似ていない気がするけど)

悪意、悪人というものは出てこないのに、三代で描かれる戦後・バブル・現代といった時代の不安がうまく描かれており、予知という全能とも言える能力を持った人間が主人公であるのに、翳りがある。

でもそれにしても、製鉄という事業を中心に据えているようでいて、その鉄がどこから来て、どこへ行ったのか、そういった現実味のある『外の世界』との交流がすっぽりと抜け落ちているのも、なかなかやるなぁ、とうなる。

とはいえ、殺人?という疑念に対する答えは少々ゆるいような気もして、そこはこの小説の核心であるだけに、残念。

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赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)
桜庭 一樹
東京創元社 2010-09-18
評価

少女七竈と七人の可愛そうな大人 (角川文庫) 私の男 (文春文庫) 推定少女 (角川文庫) 少女には向かない職業 (創元推理文庫) 未来形の読書術 (ちくまプリマー新書)

by G-Tools , 2014/04/27




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まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)
三浦 しをん
文藝春秋 2009-01-09

まほろ駅前番外地 (文春文庫) 月魚 (角川文庫) 風が強く吹いている (新潮文庫) 仏果を得ず (双葉文庫) 私が語りはじめた彼は (新潮文庫)

by G-Tools , 2013/05/05


人のプライベートを覗く職業を主人公にすると、シリーズ化しやすい。
ネタが尽きないから。
医者が主人公なら生死の境の人間ドラマが描けるし、刑事が主人公なら社会のルールを軸にやはり人間が描け、弁護士が主人公なら欲望が人間を浮き彫りにする。
医者・警察・弁護士といった権威の側ではなく、末端の労働者にも人のプライベートを覗く職業がある。
お手伝いさん、お掃除の人、ベビーシッター。
便利屋もそのひとつだ。

東京都下まほろ市で便利屋を営む多田は、駅前で高校の同級生、行天(ぎょうてん)と再会する。
無一文、素足に健康サンダル、極寒の正月の夜に。
行天とは忘れることのできない因縁があった。
ちょっとした出来心で、障害を負わせてしまった罪悪感。
そして、行天に居座られる形で、なしくずしに多田便利軒を二人でやっていくことになる。

三浦しをんらしいのんびりした登場人物に、意外と重たい過去があることが徐々に明らかになっていき、かといってそれがどこにも向かわず解決しないところが良かった。

東京都南西部最大の町という、町田がモデルとなったまほろ市。
私自身多摩出身なので、「この雰囲気よくわかるなぁ」、と思う。

そこにいると十分足りてしまう。

今住んでいる品川よりはるかに豊か。
綺麗な空気、広い空、待たなくても座れるベンチ、子供が探検しつくせないほどの公園もある。
レストランだって、デパートだって、大型の映画館だってあるし、敢えて新宿や渋谷まで出なくても十分おしゃれもできるし文化的に暮らせる。
品川区の公園は、多摩では「植え込み」くらいでしかない。せせこましい道をガタゴト走るベンツや潰れた三角形の土地に無理やり建てられた木造の家は、多摩には存在しない。
都心への距離も、週末のお出かけだったら全く気にならないし、子供のいる勤め人でも奥さんが家にいてくれる人なら通勤時間も問題ない。

ソープ街は私の住んでいた市には無くて、むしろ品川にたくさんあるけど、
でも、その充足して閉じられた地域の中に、ちゃんと上流の人々と下流の人々のコミュニティがあって、そういった「階層」があると社会にすごくリアリティが出て、住む人を安心させる。その安心がその土地に住む価値なんだな、っていう、そういう空気は同じだなぁと思う。

まほろ駅前シリーズ、どんどん出れば良いのになぁ、と思う


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まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)
三浦 しをん
文藝春秋 2009-01-09

まほろ駅前番外地 (文春文庫) 月魚 (角川文庫) 風が強く吹いている (新潮文庫) 仏果を得ず (双葉文庫) 私が語りはじめた彼は (新潮文庫)

by G-Tools , 2013/05/05



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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
村上 春樹
文藝春秋 2013-04-12

海賊とよばれた男 上 海賊とよばれた男 下 夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011 (文春文庫) 夢幻花(むげんばな) 永遠の0 (講談社文庫)

by G-Tools , 2013/05/01


面白く読めた。
高校時代の完璧な友情、その無慈悲な終わり、そして心に取り返しの無い傷を負ったまま中年になった主人公。
つまり、いつもの村上ワールドなんだけれど、それでも新しく読めた。
ミステリーのように、謎を解いていく筋立てだからだと思う。

村上春樹は長編の合間にだいたいこれくらいの感じの長さの小説を書くよね。
割と面白いし、長編に比べて読んでる間の気持ちは良いんだけれど、あまり後々の印象に残らない。

この「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は、もっとちゃんと物語の最後まで書いて欲しいなと思ったし、もっと禍々しい結末でも良かったような気がするけれど…。

このラスト、どうなんでしょう。
できたばかりの恋人に、あなたは心に問題を抱えているから昔の傷をほじくり返して解決していらっしゃい、じゃなきゃもうセックスしない、と命じられて、言うとおりにやってみた。そして暗く動かしがたい事実が発見された。彼はなんとかその成果を持ち帰る。
ところが肝心の恋人は二股をかけていて、自分が選ばれるかどうかは明日の夜にならなければわからない。
ジ・エンド。

えーっ?!

ここで任せるのー私(読者)にー??

わかりました、考えてみましょう。
そうですね…
物語の流れからすると、多崎つくるが選ばれねばならないですよね。
でも女性として見て、私だったら、多崎つくるは絶対に選ばない!!
いくら年上の女性だといっても、簡単に過去が見透かされてしまうような男の人じゃ面白くない。好みの問題なのかもしれないけど。
というか、多崎つくるが魅力的に見えるようには書かれてないんだもん、この話。そうでしょう~?素敵にしようという気がまったくないでしょう、村上春樹さんに…。駅舎の設計についても、いろいろ書いてるわりにはその核心に迫ってはいないような気がするんだよね、ただ一利用者としての駅というものへの思い入れくらいのものしか伝わってこなくって、多崎つくるを光らせるには至っていないというか。
それに、ツクルって、「る」で終わるじゃん。いつものワタナベノボル系の人物かと思ったし。ねぇ…

というわけで、
「選ばれなかったら今度こそ死ぬ」
という多崎つくるくんは、私のラストでは死んでいる。
そしてきっと恋人が選んだもう一人の男が、友達をレイプしたり殺したりしたのと同一人物だな、村上ワールド的に。きっと。
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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
村上 春樹
文藝春秋 2013-04-12

海賊とよばれた男 上 海賊とよばれた男 下 夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997-2011 (文春文庫) 夢幻花(むげんばな) 永遠の0 (講談社文庫)

by G-Tools , 2013/05/01



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オススメ度:☆☆☆★★
オススメポイント:前編と後編のすき間
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舟を編む
三浦 しをん
光文社 2011-09-17
評価

海賊とよばれた男 上 まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫) 海賊とよばれた男 下 風が強く吹いている (新潮文庫) 神去なあなあ日常 (徳間文庫)

by G-Tools , 2013/04/29


あの空白はどう処理したんだろう…?

「舟を編む」が映画になって、思ったこと。

新しい国語辞書を作る編集者たちの物語、「舟を編む」。
舟とは言葉の大海を渡る辞書の比喩。

舞台は大手総合出版社玄武書房。
大きく前編と後編に分かれていて、前編ではうだつのあがらない営業、馬締光也(まじめみつや)が退職寸前の辞書編集者荒木に後継者として見出され、新しい辞書「大渡海」の編集に情熱を注ぐようになる。
その中では香具矢(かぐや)とのロマンスもある。
ぎこちないマジメと絶世の美女だけど、意外とあっさり成就する、平凡な恋。

映画のCMでは恋愛映画みたいだったけど…。

後編は、前編の最後から突然十年以上経過したところから始まる。

若者だった馬締は既に経験豊かな編集者になっており、なんとまだ「大渡海」は刊行されていない。そこに新しい若い編集者が配属されてくる。今度は、女性だ。

と、まあ、ここからの話がどうなるのかはお楽しみとして、私が考えるに、「舟を編む」はクライマックスらしいクライマックスのない小説だと言える。仕事にせよ、恋愛にせよ、展開そのものは常に平凡で、リアルだ。
唯一のドラマチックな要素といえば、これだけではないだろうか。
前編と、後編の間になんの断りもなく経過している大量の時間。空白。

映画では、どのようにこのおびただしい時間を表現したのだろう、もしかして、前編と後編は統合されて風変わりで不器用な若手編集者と美しい板前志望の女性とのラブロマンスとして編み直されているのだろうか。
気になる。

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舟を編む
三浦 しをん
光文社 2011-09-17
評価

海賊とよばれた男 上 まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫) 海賊とよばれた男 下 風が強く吹いている (新潮文庫) 神去なあなあ日常 (徳間文庫)

by G-Tools , 2013/04/29


オススメ度:☆☆☆☆☆
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湿地
アーナルデュル・インドリダソン 柳沢 由実子
東京創元社 2012-06-09
評価

深い疵 (創元推理文庫) 特捜部Q ―Pからのメッセージ― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) ファイアーウォール 下 (創元推理文庫) ファイアーウォール 上 (創元推理文庫) 死せる獣 ―殺人捜査課シモンスン― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

by G-Tools , 2012/09/20


湿地(アーナルデュル・インドリダソン)

恐ろしい小説。

アイスランドの小説を読んだのは初めてだった。
アイスランド語になじみがないので、人名を混同するし人名と地名の区別がつかない。
でもそんなことが気にならないほど、おもしろかった。

残されているのは
湿った土地の印象だけでなく、
凍った土地の印象。

アイスランドでは、死体は土に帰らないのだろうか?
三十年も経った死体が形を保って事件の流れに生々しい存在を浮かび上がらせる。

朽ちることのない過去の恐怖が、そのままの姿で帰ってくる。

かつて行われた卑劣な性犯罪が子どもを産み落とし、その子に重荷を背負わせる。あまりに重い、負いきれぬ荷物を。
「湿地」に描かれているのは、逃れ難い血の宿命だ。


舞台は現代で主人公は警官だが、謎解きやプロファイリングや科学捜査は特に活躍することなく、物語の中で徐々に過去と現在が繋がっていく。(ドーナツやコーヒーも登場しない。ここはアメリカじゃない)
いくつかの重大なパズルが合わさったところに浮かび上がる絵は、子どもたちの死に顔だ。

子どもを失うことへの凄まじいばかりの恐怖がゆすぶられる。
残された親の苦しみは、私が想像している通り、生きながら自分を殺された人間のようだ。
とにかくその、幼い子を亡くすリアリティがすごい。鬼気迫る。

凄惨な殺人事件が起こるのは必然だった、宿命だったのだ、と心の底から納得できる、その説得力に唸ってしまった。

幸せな人は一人も出て来ない。登場人物のページに名前が挙がっている23人のうちだれ一人として平凡な幸せを生きている人がいない。

もっと刺激的な犯罪なら、アメリカの小説やドラマで山ほど見ている。
犯罪のやり口は平凡で、動機も状況も常軌を逸したものではない。
でも、肋骨がやせ細るほど、怖い。

「湿地」は、独特のペースで明らかになるドラマが湿地やアイスランドの気候の描写と渾然一体となり、みごとなゴシックホラーとなっている。




湿地湿地
アーナルデュル・インドリダソン 柳沢 由実子

深い疵 (創元推理文庫) 特捜部Q ―Pからのメッセージ― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) ファイアーウォール 下 (創元推理文庫) ファイアーウォール 上 (創元推理文庫) 死せる獣 ―殺人捜査課シモンスン― (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

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愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)
岡田 尊司
光文社 2011-09-16
評価

パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか (PHP新書) 人を動かす対話術 (PHP新書) シック・マザー 心を病んだ母親とその子どもたち (筑摩選書) 境界性パーソナリティ障害 (幻冬舎新書) 子どもの「心の病」を知る

by G-Tools , 2012/07/10

あらすじ・概要:


従来、愛着の問題は、子どもの問題、それも特殊で悲惨な家庭環境で育った子どもの問題として扱われることが多かった。しかし、近年は、一般の子どもにも当てはまるだけでなく、大人にも広くみられる問題だと考えられるようになっている。しかも、今日、社会問題となっているさまざまな困難や障害に関わっていることが明らかとなってきたのである。(袖より)



感想:


愛着障害って、なにごと?

愛着障害、という言葉を知らなかったので、児童虐待というキーワードで本を検索していてこの本が出てきたとき「愛着障害ってなにごと?」と思ったんだけど、ひとことで言うと、親との関係が悪かったことが人間性に悪影響をもたらしていることを指しているみたい。

この本を読んでいると、安定型の愛着スタイルを持っていることの素晴らしさがしみじみと感じられて、自分の人間関係への向きあい方を少しでも良くしようという気になる。

たいていの人には回避型のような傾向も不安型のような傾向もあると思う。
私はそういう偏った気分でひとや物事に接することが客観的に見てどういうことなのか、ちゃんとわかっていなかった。すごく必然で正当な理由があるような気がしてむしろその偏りに固執していた…。
なぜ自分に良いことが起こらないのか不思議がっていたわ。

でも、そういうことだったのね。

中でも感銘を受けたのは、愛着障害を克服するために自分が自分の「親」になる、ということ。

確かに、始まりが親との問題だったとしても、成人してから親と向き合ったところで始まりからやり直せるわけでもない。親だっていつまでも生きているわけでもない。

自分が自分の親になる、

その手があったのね。

「親なしでやっていく」より、ずっと素敵なことだ。
同じことなのかもしれないのに、どうして明るい気持ちになるのかな。
やっぱり人には守って導いてくれる存在が必要なのだろうか…。

誰かに依存するのではなく、この世界の成り立ちにただ安心して眠ることができれば。清潔な天蓋付きベッドのように、この世界が優しく見おろしてくれていれば…。

私の腕の中で頬をふくらませて眠る娘の姿、手足のぬくもり、が、突然共感を伴って頭に浮かんだ。
自分が彼女であるような気持ちと、彼女の親である自信と…

ひどく眠い。


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愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)
岡田 尊司
光文社 2011-09-16
評価

パーソナリティ障害―いかに接し、どう克服するか (PHP新書) 人を動かす対話術 (PHP新書) シック・マザー 心を病んだ母親とその子どもたち (筑摩選書) 境界性パーソナリティ障害 (幻冬舎新書) 子どもの「心の病」を知る

by G-Tools , 2012/07/10