びぶりおふぃりあ

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オススメ度:☆☆☆☆★
オススメ対象:恋する人へ
オススメポイント:ふたりのジャン
ジャン・マレーへの手紙
ジャン・マレーへの手紙ジャン コクトー Jean Cocteau 三好 郁朗

東京創元社 1994-07
売り上げランキング : 774604


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ジャン・コクトーが恋人ジャン・マレーに二十五年の歳月書き綴った書簡集。
出てくる名前がとにかくすごいのだ。身近な友人として、同居人や仕事仲間として登場するファーストネーム、ラストネームが、その名前で私が知っている唯一の人そのものなのだ。つまり、ピアフといえばエディット・ピアフだし、ココといえばココ・シャネル。ブルトンといえばアンドレ・ブルトン。ピカソはパブロ・ピカソだ、もちろん。
二人のジャン。出会ったとき、コクトーは詩人・劇作家・小説家・映画監督として時代の寵児。マレー美貌の無名の役者。年齢差24歳。男性同士。
しかしそのスキャンダラスな境遇は他の恋人たち同様愛し合う二人の間では全く問題ではなかった。これらの膨大な手紙からそれが読み取れる。
第二次大戦中、若きジャン・マレーは召集される。コクトーが戦地へ繰り返し書いた手紙は素直で率直な心情に満ちている。どうか決して勇敢になどならないでほしい。忘れないで、僕の命は君につながっている、お願いだからナチスを恐れて。
時代の足音が鳴り響く。時世に作品が受け入れられず、戦意を高揚させるような作品がもてはやされていることへの不安。劇場を泣く泣く閉鎖したこと。自分のように全く政治的でない作家が政治を語らずにいられないような時代の流れ。台頭する全体主義。しかし、とジャン・コクトーは語る。いつかまた自分たちの時代が必ず来る。そしたらまたいっしょに仕事をしよう。その日を信じて自分は書き続ける。来るべきその時代、そこではもっとも大切なものは心だ。
そして彼らの時代はやってきて、今も残る名作、オルフェや美女と野獣が制作されることになる。
何よりも感動的なのは、ジャン・マレー自身が前書きで自慢しているように、それらがいささかも文学ではなく、ただ平明でストレートな手紙であるということだ。ひとりの詩人が真実の愛の前で虚飾を捨て謙虚になる姿は深い共感を呼ぶ。戦時の混乱で手紙が届かぬことに苦悩し、恋人の安否を思って泣く。
「僕のジャン、愛ゆえに狂った男に寛容を示してください。僕は決めたのです、この狂気からさめないことを、けっして正気に戻らぬことを」
ジャン・コクトーは1963年に死去。ジャン・マレーは1998年まで生きた。その生涯においてコクトーを超える作品に出会うことはなかったが、コクトーと成し遂げた業績は今も色褪せない。



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私のジャン・コクトー―想像を絶する詩人の肖像私のジャン・コクトー―想像を絶する詩人の肖像
ジャン マレー Jean Marais 岩崎 力

東京創元社 1995-04
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オススメ度:☆☆☆☆★
オススメ対象:報われない場所に居付いてしまった人に
オススメポイント:愛がなんだ

愛がなんだ愛がなんだ
角田 光代

角川書店 2006-02
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へんな場所にはまり込んでしまうことがある。
社会的位置・人間関係、いやむしろ、たんに気分とかが。
なんとも形容しがたい、隙間みたいなところに入ってしまうことがある。
隙間と言いながらその空間は案外広くて、私は途方に暮れてしまう。

角田光代はデビュー以来ずうっとその隙間のことばかり書いてきた人だ。彼女が書いたフリーターなどの若者のモラトリウムにはあまり興味をひかれず、たんに変な場所にはまり込んだいまどきの人のことを書いてるとしか思わなかった。そしてその後も彼女は別々のテーマではあるけれど、現代の隙間のことだけを一貫して描いてきた。そして、社会の冷たい海から突き出ていた氷山の一角はその後恐るべき巨大さをあらわしつつあり、そんな中での「対岸の彼女」の直木賞受賞だったように思う。

「愛がなんだ」は愛の境界を失った人々の話しだ。恋人でも友達でもない関係。今起こっているモラルの崩壊・喪失というのは、不道徳な人々や事件が増えることではないことは、もはや常識だろう。援助交際とか、挨拶のできない若者とか、買春を繰り返す中高年とか、浮気を繰り返す主婦とか、そういうことどもの数が増えることではなくて、そういったことが不道徳、不潔、という一線を越えた向こう側ではなく、自在に往来できるちょっとした変身にしかすぎなくなっているということだ。そう、まるでヘアスタイルを変えるみたいに。
ヘアスタイルみたいな、かろやかなアイデンティティー。春はふんわり愛されアイデンティティー。

主人公テルちゃんは、マモちゃんというチビで冴えないオレ様男を好きだ、というスイッチが入りっぱなしになってしまった女の子だ。スイッチが完全に壊れてしまっている。夜中に帰ってくれと放り出されたり、連絡がとれなくなったり、他の女に食べさせる新しい店のチョコレートを買いに行かされたり、と、いくらOFFボタンが押されても彼女の恋は終わりにならない。男に魅力があるとか、女に意地があるとか、既存の説得力はみごとなまでに皆無、ああテルちゃんはスイッチが入りっぱなし、枠が壊れてしまってるひとなんだなあ、と怖くもある。
けれどテルちゃんというひとには強いようなところもあって、そんな中でも平気で自分を貫いて、自分のなさを貫いて、生きていく。モラルの崩壊した世の中を泳ぐ、突然変異種みたいに。これから爆発的に増殖して世界を塗り替える、圧倒的優位種みたいに。




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オススメ度:☆☆☆☆★
オススメ対象:運命の恋に憧れる人
オススメポイント:ありのままを語らうとき

新訳 ロミオとジュリエット新訳 ロミオとジュリエット
シェイクスピア 河合 祥一郎

角川書店 2005-06-25
売り上げランキング : 27,371
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「はっきり言いなさい。普通の言葉でありのままを。
謎めいたざんげでは、謎めいた赦ししか与えられぬ。」
これはロミオが修道士ロレンスのところに出向き、敵のキャピュレットの娘ジュリエットと恋に落ちてしまったことを打ち明ける場面でのロレンスのセリフ。
好きな言葉だ。いさぎよくありたいと思うとき、勇気の感触をおもいださせてくれる。本気じゃなきゃ本物は手に入らないし、ときどきの本気なんてありえなくて、ずうっと本気でずうっと本物で生きたい。
長く細く生きるのか、短く太く生きるのか、そんなの長く太く生きるに決まってる。
この人に正直になろう、この人にはその価値があるのだから。この人生に正直になろう、この人生にはその価値があるのだから。
ロミオとジュリエットは出会った瞬間に運命的な恋に落ちる。二人はまるで神話の神々が儀式の言葉を交わすようにお互いへの思いをソネットにする。それはふたりの別々の人間の間で言葉というものがぴたりと一致する奇跡のエロスだ。言葉の魔法は恋人達をだれもいない場所に連れて行き、時すら通り過ぎることのできない部屋に鍵をかけ、隙間なんてないくらいぴったり、くっつけてしまう。そして交わされるキス。そこからは無我夢中。
そして二人はあっというまに死んでしまう。出会ってから数日の間に結婚し、引き裂かれ、死んでしまう。
これがはっきり言った、その結果。「なぜロミオなの」、とすべての属性を否定し、目と目を底まで見交わし、魂に魂を重ねて、本気で本物を手に入れた結末。
ありのままを語らうのは、用心したほうがいい。

そういえばこの修道士ロレンス、かなりのワルだ。ありのままを語らせた罪。この男さえいなければロミオとジュリエットは死ななくて済んだ。きっと幸せに結婚できたはずだ。両家のかすがいになるかもしれぬなどと年端の行かぬ子供同士を面白半分秘密裏に結婚させたりして、挙句の果てにはいかがわしい薬で死んだ振りをさせ、ろくな見張りもせずに放置。こいつシャイロックより悪者だろ。
ロミオとジュリエットの編み出す美しい詩に彩られた数々の場面のためにうっかり忘れさせてしまうあたりシェイクスピアあっぱれなんだけど、そういうことを考えだすとシェイクスピアってものすごくつっこみどころが多い。モンタギューとキャピュレット家のひとたちって抗争中のやくざなの?とかさ。

さておき、長く太くなんて、無理なのかな?




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オススメ度:☆☆☆☆★
オススメ対象:女性
オススメポイント:仏領ヴェトナムの優美

愛人(ラマン)愛人(ラマン)
マルグリット デュラス Marguerite Duras 清水 徹

河出書房新社 1992-02
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女性の最大の魅力の一つは、自分は魅力的だとしんから確信しているところにあるように思う。
女流作家の作品を読み終わると、「なんだ結局”私ってこんなにすてきなの”ってだけじゃないか」と呆然とすることが多い。でもそういう作品の方が一般的に言って面白い。
あくまでも私の体感でしかないのだが、女性が頭を使い自己を離れた作品を書くと却ってぼんやり柔らかさが表出してしまい、詰めの甘いものになってしまうように思うのだ。逆に自分は魅力的なんだと全面に押し出してくる女流作家には凄みや冷徹さが備わっている。矛盾するように思うけれど、これが私の多読の結果得た印象である。

「愛人」はデュラスの仏領ヴェトナムでの最初の性体験をもとにした小説で、十五歳の少女の魅力だけをひたすら物語っている。
貧乏な一家、凶暴でエキセントリックな長兄、弱く言葉も足らないのに分身のように思っている次兄、人生を扱うのに巧みでない不幸な母、暑く退屈なヴェトナム。白人だから大目に見てもらえる不品行、淫蕩な寮生活。そして滑らかな肌をした金持ちの中国人、ショロンの男と呼ばれる、彼女の最初の愛人。セックスが巧くて、お金をくれて、身も世もなく彼女を愛し、彼女が去ると知ると不能になってしまう男。失ってからも愛し続け、それを切迫と抑制に打ちひしがれて電話ごしに伝えてくる男。
主人公の少女だけではない、この人々も背景も、すべて彼女自身なのだ。ある女の人生に時制もなく内蔵され秘蔵されてきたできごと、仏領ヴェトナムの熱帯にとろけさせられて、輪郭が融け合っている。「愛人」はそういう話だと、私は思っている。

この小説の中で、彼女は誰も愛さない。
でも気付いただろうか、愛していないのではないのだ。
彼女は愛という使い古された言葉、記号に従うことを拒否しているだけなのだ。あまりにも自分自身の魅力を愛しているから。
それは単純な自己愛ではない。自分の感性、才気に心の底から心酔しきっていてそれしか信じず、自分が瞬間のうちに発見する新しい何かだけで自分に触れる全てを感じ、言葉にしたいのだ。
この本を読めばわかるだろう、彼女がそのやりかたで、全てをうけいれ全世界と自分をとろとろに溶け合わせていたことを、そして彼女があまりに魅力的だということを。



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愛人(ラマン) 無修正版愛人(ラマン) 無修正版
ジェーン・マーチ レオン・カーフェイ ジャンヌ・モロー

ビデオメーカー 2000-08-25
売り上げランキング : 1,186
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オススメ度:☆☆☆☆☆
オススメ対象:愛の乞食である私達みんな
オススメポイント:怯むことなき粗野な確信
4003223314嵐が丘(上)
エミリー・ブロンテ 河島 弘美

岩波書店 2004-02-19
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4003223322嵐が丘〈下〉
エミリー ブロンテ Emily Bront¨e 河島 弘美

岩波書店 2004-03
売り上げランキング : 162,193
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愛が何なのか、断言できない。
目と目があった瞬間に、好きだと感じたら、それが愛なのだと、十代のころは思っていた。
全身の血が重たくなるような優しい気持ち、それが愛なのだと、二十代のころは思っていた。
そして33歳の今、愛って、ある確信のことなんじゃないかと、思っている。

「彼は私で、私は彼なの。」
「嵐が丘」のキャシーは言う。
「あたしはヒースクリフなのよ、ネリ!彼は、いつでも、いつでも、あたしの心の中にいる。よろこびとしてではないかも知れぬということは、あたしがあたしにとって、いつもよろこびだといえないと同じだけど、彼はあたし自身と同じ存在なのよ。だから、あたしたちがはなればなれになるなんて、二度といわないでちょうだい。そんなこと、できはしないことよ。」
キャシーとヒースクリフは最初から確信しているのだ。だから彼らは「おまえは私を愛しているのになぜ裏切った!」と互いを殺すほど責め苛むことができる。彼らは「私のこと愛してる?愛してない?」なんて言わない。確認など一度たりともしない。それこそが、「嵐が丘」の比類ない激しさだ。

恋は勝負や収穫と勘違いされることがある。どっちが多く好いているのかとか、愛されている証拠を飽くことなく求め続け、贈り物がどっさり積み上げられないと満足できない。愚かしく自分を守り、二人になれない。
けれど激しい恋の極まるところでふいに、わかる瞬間が来る。彼は私で、私は彼なのだ、と。私が彼を愛していることと、彼が私を愛していることは、確認したり比べたりするようなことじゃなく、ひとつのこと、つまりこれは私達の愛なのだ、ということを。

「嵐が丘」で彼らの恋は他のロマンスのように美しいこと楽しいことせつないことを歌わない。そういったことは極端に簡素な表現でそっけなく語られるだけだ。そう、たとえば「いつもいっしょに荒地で遊んでいました」みたいな風に。
詳しく語られる彼らのロマンスは互いを罵り合い傷つけ合い苦しめ合うことだ。
互いが一つであるという確信、絆というものは、決して楽しみや美しさからは生まれない。それは深い苦しみからのみ、立ち上がってくるものだ。
彼らの間で肉体的な欲望が問題になることはない。そこにはもちろん時代的背景が存在するのだろうが、それを忘れさせるのは「嵐が丘」がセックスなど一切なくても胸貫き息奪うほどの官能を謳っているからだろう。互いを自分自身だと思い、相手がそう思っていることを知っている、彼らにとって肉体は彼らが一つにまじりあう妨げとなる魂の牢屋であり、死によってその牢獄から解放されることだけが喜びなのだ。

多く愛されることや、めくるめく快楽などいったいなんだろう。「嵐が丘」を読むと、そう思うのだ。

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オススメ度:☆☆☆☆★
オススメ対象:美女のみなさん。美女にモテたいみなさん。
オススメポイント:美女の存在は軽いのか?
ツッコミポイント:私は存在の重さにつぶれそう☆
4087603512存在の耐えられない軽さ
ミラン クンデラ Milan Kundera 千野 栄一

集英社 1998-11
売り上げランキング : 4,125
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美女の皆さんに耳寄り情報です。
この本は美女がはまる本なのです。それも見目麗しいだけでなく、洋服の着こなしもメイクもうまい、ついでに言うとその中でも普段小説を読んだりしないタイプの女性が、この本を熱心に、涙を流さんばかりにむさぼり読むのだ。私は見たんだから間違いないって。友達でもそうだし、電車でも見たのだ。
決して簡単な本ではないにも関わらず、である。
なぜ?それは美女でない私のあずかり知らぬことなのだが・・・。ひょっとして美女の存在は耐えられないほどに軽いのか?
クンデラはナチに踏みにじられた第二次大戦から悪名高い”プラハの春”まで激動の祖国チェコを生き、著作が迫害されてフランスに離脱。意味とは何なのか、という現代の深いテーマの一つ、それは価値観の動乱を生きた彼にとっては腹の底からのテーゼに違いなく、その独特のシニックはもちろんそんなプロフィールと切っても切れない関係にある。
しかし、そのための器として彼は常に男女の愛を選び(なぜ?写真を見るとまあ女たらしだよなこりゃ・・・。)、その継ぎ手が不思議なことに平和な日本を生きる美女への水路に細々と繋がっているのだ。
美女である前に何者かでありたいと望む、それはけして高い望みではないはずだ。なのに美女であることはやはりどうしても女を翻弄するのだろうか。存在が重みを失うほどに。
どうか美女のみなさん、この本を読んでますます美しくおなり。そして、なぜ美女がこの本を好むのかをどうか私にもそっと教えて。

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オススメ度:☆☆☆★★
オススメ対象:激情と静寂を併せ持つ女性に。
オススメポイント:誰にも捕まらない女と誰も掴まえなくて良い女の恋
4043480016落下する夕方
江國 香織

角川書店 1999-06
売り上げランキング : 25,221
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年を重ねるごとに、人生は複雑になり、思いはシンプルになる。
若いときには目をぎゅっとつむり息をとめて早く過ぎてしまうことだけを祈ってた刹那に、目を開いていられるようになる。夢中であることもくるしみつくすことも変わらないのに、みひらいているぶん、その映像を知ってしまう。恐ろしくも美しく。こんなときにこんな場所で呼吸ができるなんて、と吸ってしまったが最後、もう元には戻れない体なのだった。怖いものがなくなるなんて、なんと恐れ多い。
大きな安らぎを捨てて恋人が女にはしった。とうの女が男の去ったマンションに住み着いてしまう、誰にも所有されない女はでもそのことをけして楽しんではいないのだ。不幸なひと。
誰が誰と恋をしているのか。
だれかを自分のほかの誰かを欲しいと思い知りたいと思うそれが恋ならば、この女ふたりの、恋なのかも。

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