びぶりおふぃりあ  ブックレビューとオススメの海外ドラマ・映画のあらすじと感想。顔面血管腫(赤アザ)カバーメイク体験談

障害をもつ若者の将来(仕事)について

ここでは、「障害をもつ若者の将来(仕事)について」 に関する記事を紹介しています。

先日Twitterで、あるてんかん持ちの25歳の若者から、相談を受けました。
てんかん発作があるので仕事をやめたのだが、こんな自分でも社会復帰できるだろうか、という内容でした。


私の場合、生まれつき顔の広い範囲に血管腫があるので、職業が限られているのは子どもの頃からはっきりわかっていました。
ですので、親がそのつもりで教育をしましたし、学校や習い事の先生もそういう前提で考えてくれていたので、自然と活路が拓けたと思います。

とはいえ、親も周りも自分も試行錯誤だったので、はっきりきちんとこの問題について教えてくれる人はいませんでした。

顔面血管腫(赤アザ)のある子どもや若い人、またその両親に参考になれば、と願って、自分なりの答えを書きます。


顔に顔面血管腫(赤アザ)があるとつけない職業は、

(1)容姿端麗が要求されるような職業
(2)受付嬢など職場の花としての職業
(3)水商売などセックスを売り物にする職業
(4)接客業で特に高級感が求められる職業

などは容易に想像がつきますよね。

ポイント1

世間のきれい事にまどわされず自分の障害を見詰め、向いていない領域を避け、実力を発揮しやすい職業・環境を選ぶ


※どうしてもやりたいとしたらずる賢くやらなければなりません

ところがそれだけでなく、

(5)目立たないことが要求される職業

にも実は就けません。
探偵になって尾行する、とか、現実問題として不可能ですよね。

私にとっては、後者の「目立ってしまう」ことのほうがじわじわ効きました。

前者がそんなにダメージとならなかった理屈はいくつか考えられます。
(1)~(3)は「女の武器」とかぶってる部分が多いですよね。(最近では、男性にも求められることが増えてきているのかな)厳密には女の武器というよりは二次産業的ジェンダーと呼びたい(造語です)ところなのですが、あまりややこしいこと書かないほうがすっきりするので、女の武器、とします。


女の武器については、少なくとも私が育った70年代からバブル期にかけては、「男女平等」の流れで男に頼る生き方に批判の風潮があり、女性でも仕事で自己実現できるということが教育現場で信じられていましたし、学級崩壊で先生の権威が弱まっていたこともあり、教師が男尊女卑に抵触する発言をすると「男女差別だ!」と糾弾されるような風潮がありました。
だから、親や先生方が、容姿が影響しにくい分野への興味を助長するよう私にチャンスを与え続け、誉め、おだて、誘導してくれたことは、時代の流れに沿っていたのです。
今はそのようにわかりやすい時代ではありませんので、親はそのあたりで迷い悩むかもしれませんね。

とは言っても、(1)~(3)は、若さも要求するので、誰でもいつまでもはできないのです。
一生の仕事とは言えないですよね。

つまるところ、女の武器は「経済力のある男性に女性として気に入ってもらい、富を分けてもらう」という構図であり、女性に対する差別と深い関係にあるので、容姿に欠陥があることで女性として疎外され差別されたからといって、ある差別からほかの差別に移動しただけなのです。
ただでさえ顔に血管腫(赤アザ)があることで、人間の差別感情に敏感になっていましたから、ここで素直に「女の武器が使えない、残念!」と思うような精神構造はありませんでした。

一方、目立ってしまうということは、生まれた瞬間から年老いて死ぬまでつきまといます。

探偵になりたいと思っているわけではありませんが、他の職業でも、日本の社会の中では出る杭は打たれるという言葉通り、目立つと生きにくく、目立たない人が出世する組織も多い、と思います。
出世という視点だけでなくても、ただ黙ってそこにいる、静かに待っている、という態度を良しとする日本伝統の心は、体現しにくいです。

見た目が目立っても、行いがきちんと常識的でそつなければ逆にとても評価されます。
目立つところに障害がある人にとって、そつない常識人になるのは険しい道のりですが、ためしにやってみて効果を実感すれば価値がわかると思います。

ポイント2

目立つため、ふつうにしているだけで良い印象を与えられる。


これは、ポイント1できちんと自分にとって適切なフィールドを選択した場合にぐんと生きてきます。

障害による制約を受けていても、自分の置かれた状況をシビアに見つめる力さえあれば良い職業に就き社会に参加することはできます。そこそこに良い収入を得ることももちろん可能です。億万長者になるのは簡単ではありませんが、なれる確率は制約のない人と変わらないでしょう。

若者にとって、進むべき道が限られているという考え方は口惜しいことかもしれません。

障害さえなければ…
と思うのは、でも、間違っています。

人間だれしも何にでもなれるわけではなく、何かにしかなれないのです。

誰でもひとつの人生しか歩めません。

何にでもなれるというのは、だから、ただの幻想です。

そのことに早く気付いて覚悟ができれば、実りある人生が待っています。

これは障害がない人にも言える、普遍的なことです。

ポイント3

障害があってもなくても、人生は人生







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コメント
この記事へのコメント
私は、難治性てんかんですが、職場の中ではてんかんは私だけですけどぉ、もうすぐ二年になるのですが[とわ・え・もあ]と言う施設で働かせてもらってます。大体みんな四時間勤務です。私は最初お菓子を作る方の厨房と言う所にいたのですが、今はカフェで働かせてもらってます。時給は300円と安いですが、働かせてもらっている立場なので時給の事に我儘は言えません。私は、三歳からてんかんで気が付いたら、難治性てんかんになっていたので、大きな発作は16の時に手術をしてから倒れる発作はありませんが、小さい発作はやっぱりあります。私が働かせてもらっている職場は、普通の職場と違いてんかんだからと言って、変な目でみたりなど、一切ありません。ですから25歳の方も私が働かせてもらってる施設に来てみてはどうでしょうか?
2011/05/07(土) 16:05 | URL | くま #-[ 編集]
よいことを教えていただいて、ありがとうございます。
機会があったらすすめてみたいと思います
2011/05/10(火) 01:16 | URL | 松本典子 #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/06/24(金) 00:19 | | #[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/11/22(火) 02:07 | | #[ 編集]
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