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福島第一原子力発電所危機で、東京に住む私がしたこと

ここでは、「福島第一原子力発電所危機で、東京に住む私がしたこと」 に関する記事を紹介しています。

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私がこの福島第一原子力発電所危機で取った行動の一部を書きます

3月11日夜
       だしを昆布だしに変える
      (以降ヨウ素が欠乏しない(過剰でもない)食事を手作り)

3月15日朝
       自分の子どもを園庭で遊ばせないよう保育園に依頼
       この日の朝以降、私も子どもも外出時にマスクを着用

3月16日
       子どもの保育園を休ませ、今後の方針を考える時間を持った
       原子炉がある程度破損し、放射性物質が漏れ出たことを
       15日・16日のモニタリングデータから知る
       以降汚染された地域の食物は購入しない
       室内の空気の流れを一本化。吸入口に濡れタオル

3月17日
       雨が降って水道水が汚染されるのに備え、水を貯める等
       大切な鉢植えはシャワー(水)で洗って表面の土を削ってから
       室内に入れる

3月23日
       雨が降って以降保育園の給食の代りに弁当とペットボトルの水を
       持参
       雨が降り地表に放射性物質が堆積したと判断し、子どもはおんぶ

4月18日
       モニタリングデータから何度かの雨でアスファルトが洗われた
       ことや、
       大量の放射性物質漏れの際のヨウ素131が崩壊して少なく
       なったことを推察し、子どもに地面を歩くことを許可



どうでしょう。
割と気をつけているほうなのではないでしょうか。
これ以上に気をつけるとなると疎開することになる、というレベルかと思います。

東京においてこういった行動が必要だったかどうか…、
それについては私は、
「答えを出すのは学者さんや知識人やマスコミや政府ではなく、もちろん世論でもなく、時間だろう」
と考えています。

非常時には周りがどうするかではなく、平時に自分が決めていたことを自分の判断で適宜行う。
政府やマスコミが防護策へと誘導せず、むしろ阻害しているのを見ながら、絶対にそれに流されないという信念の戦いでもありました。

「漏れてない」「安全だ」「ただちに影響はない」
と言われ、あたかも皆がそれを信じ従っているかのように思えるときも、
「だったら私はもっとひどいことが起こったときの訓練だと思ってやり通そう」
と自分に言い聞かせていました。
モニタリングデータを見ると、安全だと言い切る合理的な理由は見つけられなかったし、東京でも地表は相当汚れているように見えました。
それに、もしやるなら今やるべきで、一ヶ月後にやっても効果がない、やるなら今だと考えたんです。

だいたい、どれもそんなに苦になることじゃないですから。

ただやっぱり、周囲の大多数の人と違う行動をするわけですから、そこに困難はあります。
東京でひとり暮らしなら周囲の人は関係なく暮らすこともできますが、子育て中は周囲の人に受け容れていただくことが子どもの健全につながりますので、気を使います。
ここでは福島第一原発危機への対策をしながら、子どものいる家庭で感じた心理的な困難を考えてみたいと思います。

■周囲の人と行動を別にする場合の大人の態度

マスクについては、花粉症ですか?と聞かれることが多かったですね。
そうです、と答えていました。

お弁当を作って行っているのはうちの娘だけですし
(水を持参している子は他にもいるようです)
先生方や父兄には放射能を嫌ってのマスクやお弁当なのだなということは
当然知られているとはおもいます。

放射性物質漏れや人体への影響についての見解が政府と異なっているんだよ
(枝野さんは長いこと『漏れてない』と言い張ってましたので)
ということを公言するよりも、
「父から遺伝した花粉症です」
と言いきり、時期が長引いたら
「ひのきと杉とダブルなんですよ」
とニッコリ。
大人の嘘をついたほうが、ばればれであっても相手も付き合いやすいんですよね。


■周囲の人と行動を別にさせられる小さい子どもへの説明

2歳9ヶ月の娘は、同じ年頃のクラスの友達が外遊びしている時間(一日に1時間くらいだと思います)に
自分だけが一歳年下の子どもたちと室内で遊ばなければならないことに
当然疑問を持ちました。

「どうして赤ちゃんといっしょに遊ぶの?」

とある日娘が聞いてきました。

どうやら、自分は赤ちゃんなのかしら…二歳児クラス失格なの?と思ったようです。

まだ子供にはわからない部分もあると思いますが、説明しました。

・今ゲンパツのせいで地面が汚れているとお母さんは考えている
・部屋の中で一歳児さん達と遊んでいてくれればお母さんは安心して仕事ができる
・これはずっとじゃない、そのうちまた遊べる

と言ったら、「わかった」と言って、それからは何も言わずに室内で遊んでいます。

(うちの娘は特に外遊びが好きということはなくもともと嫌がることも多かったのです。)


お弁当に関しては好物を入れるよう気をつけていることが実ったのか、


「給食よりもお弁当のほうがいい」

と言っています。

おやつも持たせているのですが、
忙しいときにはバナナを半分とかサツマイモを茹でたものなどを重宝して手抜きですが、
娘といっしょにお菓子を作ってそれを持たせたりもしています。

娘は自慢に思っているようです。

マスクは(事態が悪化しない限り)一番気をつけなければいけない時期は過ぎたと思いますし
外遊びはどの時点かで見極めることになると思いますが、
お弁当やできるだけ外食や加工食品を避ける食生活は、もうずっと続ける覚悟でいます。

■長期的な課題

他の子どもも、口に入れるものや外遊びについて配慮が必要なのではないか、という意味のことを3月の時点で保育園の園長先生に言ってみましたが、
「役所の保育課と話し合った結果、行政からの指導がないと全体にたいしての対応はできないけれど、親御さんから要望があれば個別に対応するということになった」
とおっしゃっていました。

親の考えで子どもに他の子と違うことをさせることが、時には必要になります。
でも、異分子であることは人格形成に大きな影響を与えるのは確かです。
私がそうだったように。
経験者としてそれが悪いとは断言できません。良く転べば良い面もあります。
が、軽く考えて良い問題でないのは確かです。

私は今まで、学校や、住む場所、付き合う人々などを、好き嫌いや利便性、なりゆきといったもので選んできました。

けれどもまずは親である私が、自分に合った環境、自分にあった社会を慎重に選ばなければならないな、と思いました。
そんなユートピアは用意されていないでしょうが、子育てに役立つ規模の小さな家庭的な人間関係ならば自分で作り出せるでしょう。

こうして見てみると、そうですね、東日本大震災と福島第一原発危機は私にとって、自分が人とは違う異質な存在なのだ、ということを思い出させる重大な事件でした。
それだけでなく、異分子であることの危険、不気味な圧力を感じる機会でもありました。

これは私が変わっている、人の輪になじめない、と済まされることではないのかもしれません。
だれしもが世間との違和感を感じながら手に入る情報に不安を感じ身の安全が十分でないと感じている
そんな孤独の中にいるのかもしれません。

孤独の中から言葉を発する、それは勇気のいることです。でも、孤独の中にこそ言葉が必要であることを知っています。


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「放射能で首都圏消滅 -誰も知らない震災対策」、私は震災後に読んだのですが、私が日頃から「いざとなったらこうしよう」と思っていたことと一致しましたので掲載しました。(
浜岡原発をターゲットにした本ですが、福島第一原子力発電所危機の報道で使われているような図も載っていますし、首都圏からの距離が200キロと福島第一原子力発電所と同じ距離(の反対側)にあり、福島に置き変えて読むことができます。
イラストもたくさんあり、ひとつのトピックが見開き2ページに収められ、読みものというよりは参考書といったつくりです。原子力発電所の問題点を広くあつかった、文字も大きくさっと読めるわかりやすい本です。

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