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「犬婿入り」(多和田葉子/講談社)

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オススメ度:☆☆☆☆☆
オススメ対象:身に覚えのある人
オススメポイント:ふとぶととした性、生
4062639106犬婿入り
多和田 葉子

講談社 1998-10
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先日どこかのチャンネルで、プログラムの2,3分の隙間に埋め込まれた小さな番組を見かけた。それは虫たちが出す音を扱っていたが、私が目を引かれたのはトノサマバッタの交尾だった。大きなメスの背中に小さなオスが乗るというスタイルの交わりのさなかに、メスは延々と草を食んでいるのだった。不用意に触るとじりじりしみる傷になる、長細い草の葉を。シャクシャク、シャクシャク、と。
その性にひどくなつかしい思いがしたのだった。

多和田葉子はドイツ文学の研究者でもあり、翻訳家でもあり、詩人でもある。この作品では芥川賞も受賞した。彼女の唇からこぼれる言葉は単なる手段ではなく、ひと粒ひと粒おかしみのある生命を帯びて跳ね、あそびだす。まるでことだまの巫女だ。

性の話に戻ろう。
人の性的興奮は性そのものに誘発されることはそれほどなく、むしろ人が性を持っているという驚きや裏切りに誘発されることが多い。倒錯した性的嗜好に特化されたことではなく、それはただ単に「あの人があんな手をしている」ということでもよく「じぶんがこんなによこしまである」ことでもよい。営みそのものがタブーの作法なのだ。
けれども性は性として静かで太い地下水脈のようにこんこんと途切れることなく独自のサイクルで回っている。時折そのことを思い出す。そこは光の届かぬ世界。他者も自己もない抑圧も解放もないところ。

「犬婿入り」に描かれている性は、そういったたぐいのものなのだ。手続きなしのふとぶととした交わり。あっとおどろく懐かしさ。体験はないのに、なぜかある身に覚え。何をかなぐり捨てることも忘れる我もなくただ隣にある得体の知れぬ性。
そこがまた、巫女たるゆえんなのだ。

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