びぶりおふぃりあ  ブックレビューとオススメの海外ドラマ・映画のあらすじと感想。顔面血管腫(赤アザ)カバーメイク体験談

血管腫を持つ人とでくわしたとき

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血管腫(赤あざ)のことを書くようになってから、ちらほらとコメントを頂いています。

コメントは、プライベート設定で投稿されています。(あるいはツイッターのDMなどの方法で)
ほとんどが、同じようにアザがある人です

内容はさまざまですがどれも穏健なもので、個人情報もありません。

それでもプライベート設定で投稿するというのは、
私が書いているようなことは、プライベートなことなんだなぁ、と改めて思います。

同じ境遇の方からコメントを頂くのはとても嬉しいです。新鮮な発見があり、推測だったことを確認することができます。それはとても意味があることです。人の話をきくことで、自分自身のことがシャープになっていくからです。

さて、今回は私が同じ境遇の人、アザを持った人と偶然会ったときのことを書きます。
私と同じく顔にアザがあり、それをカバーメイクなどで隠していない人です。

私は顔にアザがある人と同席するのが、好きではありませんでした。

嫌い、というより、できなかった、というのが正しい。不可能でした。

十代後半の頃でしょうか、電車の同じ車両に血管腫の人が乗ってきたとき、私は、…電車から降りました。次の駅ではなく、その駅ですぐ。

私以外誰も降りませんでした。
真冬なのに、全身の毛穴から汗が出ています。
暗いはだかの駅に、激しい風が吹いています。
私は次の電車にも乗ることができずに、そこに立って、暴かれていました。

要するに、と私は自分に言いました。
「私は何も乗り越えてなんかない」
すべてはかりそめで、みせかけなのでした。

私の顔のアザのほうが見せかけで、どこかに真実があるような気がしていたけれど…。


カバーメイクをしていない素顔で歩いていたころ、私の外見を見た上で私に興味を抱き親密になろうとする人の中には、私に人格を期待するひともいました。たくさんいました
私を優しい人間だろうと思ったり、強いと考えたり…そういう人間を求めている人たちです。

私はただ自分に与えられた状況の中でもっともらしい顔をしているだけ。
すると通りかかった誰かが、ちらっと私を見て、「おや、人格者だ」と思う。


でもそんな人間はどこにもいないんです。
私はただ自分の環境にあぐらをかいている、怠惰な人間です。


私は、異端視されるたった一人であることでのみ、顔にアザがある境遇を乗り越えていたのです。

一人じゃないなら……、「あれれ?これってどういうこと?」
なんだかイソップの寓話で威張っていた珍しい色の鳥みたい。
得意になって他の鳥をバカにしていたけれどあるとき同じ鳥がやってきて、すっかり立場がなくなってしまいます。

もう、自分の存在の根底が危うくなるんです。


少なくとも私にとって、あらゆるプライドは妄想に過ぎないように思います。

一見立派な根拠から出ていても、同情すべき事情が背後に広がっていても。むしろそういったものがあるからこそ誰も過ちを指摘できずにこじらせることも…



あなたは、ごまかしなしに自分自身と向き合うことができますか?


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