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「永遠の夫」(ドストエフスキー/新潮文庫)

ここでは、「「永遠の夫」(ドストエフスキー/新潮文庫)」 に関する記事を紹介しています。

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オススメ度:☆☆☆☆☆
オススメ対象:初めてドストエフスキーを読む人に
オススメポイント:ヘンリー・ミラーは「永遠の夫」が最高の小説だ、と言った。

4102010076永遠の夫
ドストエフスキー 千種 堅

新潮社 1979-06
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頭のおかしくない人間って、いるのだろうか。
私が知り合った人は例外なくみんなどこかに問題をかかえていて、完全に正常な人なんかひとりもいなかった。「まともなひと」として頭に浮かぶのは「親しくなかったひと」の姿ばかりだ。
人間なんて誰だって、深く知れば知るほどみんなキチガイなのだ。
私はそんな風に思っている。
もちろん、誰よりも近く親しい自分自身は異常の最たるものであることは言うまでもない。

永遠の夫のトルソーツキイには「罪と罰」のズヴィドリガイロフと共通する部分がある。主人公へ接近してくる不気味な執着、若く美しい娘に対するむき出しの好色さ。これが読者にもむっと匂うほどにあつかましいのだ。
この距離感は、先に書いた深く知れば知るほどみんなキチガイという感覚に通じると私は思っている。ページを開くと、登場人物はすべての手続きを飛び越え瞬時に「深く知れば知るほど」に知ってしまった近しい人々のように心にどかどかとあがりこんでくる、現実の人間だって心や精神を病んでいない限りもうすこし取り澄まして”夢を見させて”くれるものだ。ドストエフスキーは、すごい。

首都ペテルブルクにある男がいる。名前はヴェリチャーニノフ。男は体調を崩しめんどうな訴訟に巻き込まれて気難しくなってはいるが、上流階級の人間で、その気になれば教養や社交センスを発揮することのできる魅力的な男だ。
そこに突然数年の空白を経て再会するのがトルソーツキイ。彼は執拗にヴェリチャーニノフに付きまとう。ヴェリチャーニノフは嫌悪を覚えながらも振り払いきることができない。なぜなら彼には後ろ暗い記憶があった。彼はかつてトルソーツキイ一家と近しく交際していた頃に、トルソーツキイの亡き妻と姦通していたのだ。

この小説の好ましいところは、「ある女を挟んだ二人の男の物語」ではなく、「二人の男の物語」であることだ。亡き妻・昔の愛人は強い影響力を持たず、主張しない。そこが真実味があると思うのだ。特に近年好まれるテーマとして、死んだ誰かの存在がある仲間達や人物の中で存在感を発揮し続け、その不在をめぐって不毛な物語が進行する、というものがあるけれど、私はそんなのはうそっぱちだと思う。趣味の悪いネクロフィリアを美辞麗句で飾っただけだ。
この二人の男は互いを信じられず、嫌悪し憎み、それでも互いの間のある種の愛に戸惑う。トルソーツキイの「永遠の夫」でいるしかない愚昧な無能さ、それは無邪気で素直に人を信じる純粋さでもある。
トルソーツキイが我が娘だと思い込んでいた少女が実はヴェリチャーニノフと妻との不義の子だったと知っていることを悟ったときのヴェリチャーニノフの想像の濃やかさ、優しさはそれを語っている。

やっぱり、死人のように青くなったんだろうな、きっと。”と、ふと、鏡に映った自分の顔を見て考えた。”きっと読んでから、目を閉じ、そして、あるいはこの手紙がただの白紙に変わってくれるのではないかと期待して、突然、また目を開いたに違いない……。きっと、三度くらいは、そんな試みを繰り返したのではないか……”

ここで全てが身近になる。物語の中にぽんと引き込まれ、狂人だと思っていたトルソーツキイの隣に突然座っている。
そして最後のページを閉じる頃、トルソーツキイは再び赤の他人のような顔をして汽車に飛び乗ってヴェリチャーニノフと別れる。けれど私はいつも心に呟く。「さようなら、愛すべきひと」

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