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「クリスマスの思い出」(トルーマン・カポーティ/文藝春秋)

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オススメ度:☆☆☆☆☆
オススメ対象:無邪気な子供時代を持たない人へ
オススメポイント:無垢はかなし

4163122109クリスマスの思い出
トルーマン カポーティ 村上 春樹

文藝春秋 1990-11
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子供時代を描いた数々の自叙伝に、いつもなじむことができない。そこに描かれている「幸せで無邪気な少年時代」に共感できないのだ。
無垢なんて、四歳の頃にどぶ川に捨ててしまった。
タフでなければ、生きていけなかった。
だから私には「戻りたい時代」などない。少女時代も、青春時代も、ない。年を取るほど楽になっていくのに、なぜあの苦しみに戻りたいのかわからないのだ。それが別段不幸をあらわしているとも思わないが、たとえ不幸であっても構わない。幸か不幸にかかわらず、一回あればいい類のものだ。私にも子供時代のいろあざやかな思い出は数多くあり、それはどれをとっても貴重で美しい。けれどそのとき共にあった呆然とするほどの心細さ、やるせないさみしさをこそげ落とすことは、できない。たとえ偉大な歳月の力をもってしても。
カポーティの描く少年時代は、肌になじむ。カポーティが繰り返し描いた無垢で優しい老女は、彼を育てた親類がモデルとなっている。子供の心を持ったまま大人になれずに年老いた彼女といっしょにいるとき、少年は心から彼女を愛し、彼女も心から彼を愛し、二人はこの世で最高の親友で、世の中のわからずやなんかめじゃないくらい深く理解しあっている。
それを「子供の心を持った大人」と「子供」の絆と見るよりもむしろ私が感じるのは、大人って子供に接する時にほんとうに奇妙な自分をさらけ出してしまうものだったなあという自分の記憶だ。大人たちは子供である私の何か(それが何であるのか子供である私にはわからない。まったく不可解だ)に深く感応して、彼ら自身の奇妙さをこっそり露呈してくるのだ。私が十代になってからぴたりと口を閉ざしてしまった母の子ども時代の昔語り、黒こげにしてしまったオーブントースター、プールから拾ってきたげんごろう、髪をとかしてくれとねだりながら昼寝におちる横顔。その無防備さがぽつんと寄る辺なく、悲しかった。頭の芯が無力感で軋むのだった。
無垢とは、いとしくもかなしい。

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コメント
この記事へのコメント
Tバックありがとうございました。

この本、ほのぼのしていていいですよね。私も大好きな一冊です。
2005/12/13(火) 13:59 | URL | ame-owife #ic82g45E[ 編集]
TBありがとうございました。
『無垢の聖性』を失わない老女と子供、の図はピエタのように切なく美しくみえます。
中勘助『銀の匙』の伯母さんもこの老女と通うものがあるような気がします。
2005/12/19(月) 16:09 | URL | Madorena #zuVCRYaA[ 編集]
ame-owifeさん
良い本ですよね。終わりがなんともいえなくて、余韻がね。。

Madorenaさん
『銀の匙』!!そうですね、ここから銀の匙はいい流れですね。読み返します。
2005/12/20(火) 01:05 | URL | あにょ #djxH/9eE[ 編集]
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