びぶりおふぃりあ  ブックレビューとオススメの海外ドラマ・映画のあらすじと感想。顔面血管腫(赤アザ)カバーメイク体験談

「夢野久作全集1」(夢野久作/三一書房版)

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夢野 久作

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図書館に人と行くなんて、高校以来かもしれない。
昔から図書館は一人で行く場所だったし、そもそも図書館自体あまり行かない。気軽に本は買えるし、積読で床がきしるほどなんだし。
会社帰りいっしょにみなと図書館に寄った人はちょっと独特にしなやかな長身で、私は彼が少し無理して物を持っているのを見るのが好きだ。前に抱いた荷物を支えるために後ろに引いた背中の線とか(聖母マリアみたい)、案外重荷に耐えて不自然な姿勢で均衡を取り続ける筋力とか(時間が止まったみたい)
夢野久作全集をぱらぱらとめくる姿を書架の間に見つけたとき、彼は他にも数冊の分厚い本を、やすやすと細く長い指ではさんでいた。長いこと。そして彼は三一書房版と間違えて筑摩書房の夢野久作全集を買ったのだ、と言った。
その指が、ドグラマグラに疲れて挫折した経歴をもつ私に、この本を借りる気にさせたのだ。

夢野久作はひどく日本的な作家だと私は思っている。
何をもって日本的と言うのか、私にもクリティカルに見えているわけではないのだけれど。
ここで言う日本的の意味は、濃かな賑わいのことだ。
和風のものは、贅沢になればなるほど濃やかに賑やかになるように思う。そこがヨーロッパのものと決定的に違うように思う。ヨーロッパの緻密さがダイナミズムのあまりな巨大さによって出現する空間を埋め尽くすために発生するのとは全く異質なのだ。そう、それはまるで増殖する悪性腫瘍のように横広がりに境界を失って広がっていく、支柱はなくただ隣の細胞を作りかえてどこまでも横に横に連綿と続いていく、これが日本の濃やかさのように思う。
夢野久作はグロテスクなんだけれど、グロの扱いがグロくないゆえにグロテスクではなくなる、というおもしろさがある。グロは手段ではなく到達地点であり、また出発点でもある。最初から最後まで同じ澱みにとどまっている。ここにはドラマなどない。ドラマを起因するような、たとえばグロに対しての道徳などの対峙の構造は存在しない。夢野久作の世界の中で、道徳的なものは滑稽な存在だ。”滑稽に描かれている”のではなく、グロテスクをあまりに徹底して基調に据えているので、道徳など存在そのものが滑稽であり、いっそグロテスクなのだ。これが夢野久作の反転。不浄と清浄。あでやか。
貞操を疑ういかつい夫に斬られ血しぶきを放つ美しい母(「押し絵の奇跡」)、異国の軍人に皮袋に詰められ海に投げ込まれた女はおもちゃにされながらも惨めになることも反省することもなく同じエロスに沈んでいて(「支那米の袋」)、神父と非の打ち所のない女との不義を知った男の反応は顎が外れるってことだったり(「霊感」)、電車に飛び込み自殺する女のそばから飛び立った水色のパラソルはよく見ると群青と淡紅色の細かい縞々(「空飛ぶパラソル」)。
ドラマのない物語は濃やかな一幅の絵のように永遠に美しい。

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