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びぶりおふぃりあ

ブックレビューとオススメの海外ドラマ・映画のあらすじと感想。顔面血管腫(赤アザ)カバーメイク体験談

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忍びの家 House of Ninjas

CATEGORYNetflix
Netflixオリジナルの『忍びの家』を見た。全8回のドラマだ。
面白い。

新しいかと言われると、そんなことはないと思う。
服部半蔵や風魔小太郎は言わずと知れた伝説の忍者だし、
それが現代も生きていて、という設定ももう使い古しだ。
オウム真理教の地下鉄サリン事件も、心に深く刻まれ過ぎている。
心優しくて人を殺せないことが弱点になるヒーローも、初めてじゃない。
強いて言えば、一族ごと抜け忍になるということと、逃げも隠れもせず普通の暮らしをしている、という出だしの設定は新しいかも。

でもその全てが良いバランスでブレンドされ独自の世界観の中でテンポよく進んで、新しくなっている。
そして、すべて瞬間において、役者が光っている。

つまり、脚本と監督が良い。

脚本・監督はアメリカ人。

脚本・監督 デイヴ・ボイル、という名前が画面に表示された瞬間、こう思った。

「なぜアメリカ人が日本を舞台に日本人の役者で忍者ものを撮ったんだろう?」

このドラマ、色物なのか?
という疑念が湧く。

しかし役者は全員日本で定評のあるメジャーな役者で、別にこれがNHKやフジテレビで制作したドラマだったとしても何の不自然な点もないキャスティングなのだ。ロケ地もオール日本ロケである。
不思議だ。
いろいろ検索してみると、そもそも原案は主演の賀来賢人が持ち込んだものらしい。
へぇ、賀来賢人って、作り手側のお仕事もしていくタイプの人なのね。
今回の彼の役、俵晴(たわらはる)役が魅力的だと思っていたけれど、そういう一面というか、可能性や力を持っていると知って、またすこし、好きになる。
なるほど。日本のドラマで間違いないのだな。ということはわかった。
そうすると、デイヴ・ボイルという人はどういうきっかけでこの作品に関わったんだろう。

ドラマを見ると確かに、外国人の気配を感じる。
日本人が作ったらこのテンポでは進まない。
どこか余白の美というか、最後の拍が重いというか、そんな間が出る。
ノリが違う。

そこが、こすり倒されたモチーフを新鮮にしている。

N響が演奏するウィンナワルツみたいに。
ボストンフィルが演奏するシベリウスみたいに。
本家とは全く別の楽しみが生まれる。

いったいこのDave Boyleっていったい何者?

もう、そっちの方が気になっちゃって。19代目、20代目の風魔小太郎が誰なのかとかはすぐ想像ついちゃうけど、この監督こそ未知で謎めいている。

Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Dave_Boyle)によると、

主にアジア人やアジア系アメリカ人キャストを用いた映画の脚本を書いたり監督したりしている。



と書かれていて、
「えっ、なんで?」
と、
さらに謎が深まってしまった。

アジア人キャストを起用した映画を撮り始める前のボイルとアジアの接点についての情報は、たった一文だけだ。

ボイルはユタ州のブリガムヤング大学で日本語を学んだ。



日本語を学ぶに至った経緯、例えば日本の漫画、アニメに興味があった、サムライ、忍者が好きだった、というようなわかりやすいストーリーは何も書かれていない。
そして同じパラグラフで雑に、

彼はオーストラリアでモルモン教宣教師の仕事に従事した。



と、これもまたなんら他と結びつきのない情報。
まあ、かろうじて大学がユタ州にあるという事実が彼がモルモン教徒だということに説得力を持たせてはいるものの、教徒と宣教師じゃずいぶんレベルが違う話であって、さすがにこれに関しては何か背景情報が書かれていてもいいんじゃないかな、と、奇妙な異国の雑多な下町の狭い裏通りで道に迷ったような、すっかり心細い気分にさせられてしまった。
Wikipediaを見ただけなのに。

戒律の厳しい宗教的な生活の経験が、忍びの家の岳(ガク)や晴(ハル)の肉食も色も褒賞も許されず禁欲的な影の暮らしとピタリと重なったのだろうか?
そしてNetflixオリジナルという環境がこの作品にどのくらい影響を与えているのだろう?昨年大ヒットとなった『サンクチュアリ(聖域)』は日本人の脚本、監督だが、日本の相撲を少々エキゾチックに描いているのを見ると、なんらか影響はあるんじゃないかという気もしてくる。

なぞは解けないけれど、気になる手がかりだけは置いてある。
シーズン2が楽しみだ。